cyic.co.uk 吉田鋳造総合研究所
鋳造所長雑文録
2011/03/27◆「あの日」以降。(日記風)
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東北関東大震災に際し、被災されて亡くなった方々のご冥福をお祈り申し上げます。
被害に遭われた方々にお見舞い申し上げます。


2011年3月11日

ぼくは豊橋から浜松に向かう電車の中にいた。仙台空港が津波で覆われていくところは、静岡県協会西部支部のテレビで視た。大津波警報が出ているので新幹線も動かず、『むつぎく』で餃子喰って駅に戻ってくるとようやく「こだま」が動き出すという放送が流れた。13日の城崎温泉の宿にキャンセルを連絡した。東京の実家の母親と連絡が取れたのは翌日の朝6時半だった。新宿にいる時に遭遇したらしく、帰宅は朝1時半だったそうだ。


2011年3月12日

この日の朝に、仙台近郊の病院でぼくと同じ施設維持の仕事をしている方が「A重油の入手ルートを教えて下さい!停電で非常用発電機をまわしていますが、あと数時間で重油がなくなります!」と悲痛なtweetをしていたのを読んで心が痛んだ。出勤したし通常の点検や維持の作業はしたが、それ以上の仕事に向かうことは出来なかった。


2011年3月13日

もともとはバードに鳥取戦を観に行くことにしていたので公休日。一日に2回も“隠れ家”に行ってしまう。岐阜は被災地域ではないが、それでも自宅で一人で報道番組を視ていると、「自分が生きている」ということの基盤も津波の映像と一緒に押し流れていくような気になってしまう。岐阜サポや知人との会話でどれだけ救われたことか。地域に所属するコミュニティーがあるって、大事。この日、コバルトーレの選手・スタッフが全員無事だということがわかる。


2011年3月14日

鳥取から帰ってくる日の想定だったので休み。前日と同様に自宅にいると精神的に厳しいので練習見学に行ったところ、知人が飼い犬を連れてやって来たので話し込んでるうちに練習は終わってしまった(笑)。で、この飼い犬君が見事なまでの『オトコ』っぷりで、ぼくにもそうだし、練習が終わって「オレ、犬好きなんスよ」と近づいてきた選手にはそっけないクセに、岐阜隊の美人広報さんはシッポふりふりで気になってしかたないご様子。実に素晴らしい。まさに『肉食系』(笑)。


2011年3月15日

出勤。この頃から、世間に『不謹慎』という表現が前面に出てくるようになる。おそらく『被災者に対して不謹慎だ』と指摘する方のほとんどは被災者ではないという根拠のない確信があるのだけど、どうでしょう。


2011年3月16日

出勤。震災や原発の報道番組を避けるようになる。帰りがけに名駅でコジコジじゃからんと待ち合わせをし、靴屋に行ったり一緒に外食したり。


2011年3月17日

出勤。東北リーグの開幕延期を知る。この『延期』という表現に、逆に「必ず開幕する!させる!」という現地の方々の力強い決意のようなものを感じてしまった。開幕戦にはなんとしても観戦に訪れたい、と思う。


2011年3月18日

出勤。帰りがけにCに寄って、仲間と語らう。実り多きひととき。「被災者の方が『勇気を与えられた』というのと、開催側が『勇気を与える』というのは意味がまったく違う」という言説には、頷くばかり。


2011年3月19日

じゃからんと、長良北町の山川醸造====ThisIsTheErrorMessege====へ買い物に行ったら、醤油蔵の中を見せていただけることになった。キツかったです、朝飯喰わずに行ったんで(笑)。醤油製造の工程の説明から、圧搾機まで見せていただいて。いやあ、いい経験させていただきました。
その後、岐阜×松本の練習試合を観る。が、以下省略。というわけにもいきませんね。キツかったです、あまりの惨状だったんで(笑)。端的に言うと、岐阜隊の開幕戦での「木村監督は『何かを足す』という段階にまだ至っていない」という感触が、そのままで2週間が過ぎたということですね。観戦に来ていたガスサポの友人が「岐阜さん、大丈夫?」と心配してくれた。いやいや、これは相当の覚悟が必要なシーズンになりそうだわい(***sigh***)。なんでも、第2試合ではガスサポにもなじみの通称“焼肉王子”が参加していたという噂だけど、さてさて。
試合が終わって、22年間の人生をともにし、4度の転居を生き延びた赤いランドナー君が桑名の友人に引き取られていった。がんばってリストアしてくれるとのこと。嬉しいね。


2011年3月20日

全社滋賀予選の準決勝。西はちゃんと公式戦をやってます。関西2部の比良隊====ThisIsTheErrorMessege====が大苦戦、というよりテラー大善戦。特にGKが大活躍で、テラー攻撃陣にもう少しでも決定力があったら結果は変わっていたかも。書生さんのチームは、この時期はメンバーが替わるからね。ま、とにかくこれで野洲川BigLakeの3面はすべてつぶせた。めでたしめでたし。
午後1時からの東近江での琵琶湖×金沢の練習試合は行かないことにした。初観戦が練習試合ってのは、自分的には。どうもね。普通に電車に乗って帰ってきた。


2011年3月21日

出勤。各種不具合も出るけど、なんとか乗り切る。そして、『徹マガ』の原稿に着手。400字程度(長いのは可)ということだったけど、書き出したらスイッチ入ってしまって1000字ペースになってしまったぞい。


2011年3月22日

出勤。Jリーグは4/23から再開との情報が流れる。いや、再開は嬉しいんですけど、岐阜隊のゲーフラを現状で作るなら「勝てる気がしねえ!」だしなあ(再苦笑)。延期になった分は水曜開催になるらしく、平日休みが組みやすい立場の私は忙しくなるかも。代表様×J選抜のチャリティー・マッチは、メンバーを知って観戦の意欲消失(苦笑)。
帰宅後、コバルトーレの活動休止を知る。もう一度、活動再開出来る時が来ると信じて、待ってます。


2011年3月23日

休み。『ミリオンゴッド』号====ThisIsTheErrorMessege====関の「二代目・白神」====ThisIsTheErrorMessege====までラーメンを喰いに行く。早く着き過ぎてしまい、近くの郵便局で義捐金を振り込みしてから、開店と同時にオーダー。替え玉は細麺だったけど、あのスープは中太の麺が合うような気がするな。岐阜駅→白神が70分だったんで「チョロいもん」と思ったら“追い風参考”だったようで帰りは往生する。帰り道で、らぴぃず関係者が堤防道路で電子戦を展開====ThisIsTheErrorMessege====し、犠牲者が生まれる瞬間をその場で目撃。いや、皆さん安全運転を心がけましょうね(笑)。


2011年3月24日

小ネタ系の雑文を掲載。仕事では、職場で防災訓練のチューター。地震を受けて、参加者の目つきが明らかに違う。一方、福島原発においては放射性物質の漏洩拡散問題が顕在化してきた。「直ちに健康に被害が出るレベルではない」らしいけど、じゃあ「直ちに」じゃなかったらどれくらいで(健康被害が)出てくるのか不安だというひとも多いだろう、というのはわかる。一方、『ガンの確率が上がる』ってだけで、それがどれほどの恐怖になるのか体感的にわからないというのもある。なにせ、、既に末期ガンを経験している====ThisIsTheErrorMessege====のでね(笑)。


2011年3月25日

給料日(かけてもよい)。地域Lの日程も少しずつ出てきた。中国Lの会場に、あ、眩暈が、貧血かな?(笑)長期的な職場のアレコレな噂も流れてきて、結構ヘコむ。ま、なるようになる。その中で、自分の歌を歌い続ける。それしかない。


2011年3月26日

『徹マガ』震災義捐号====ThisIsTheErrorMessege====発行。ぼくに依頼が来るってことは、地域L的な視座を求めているのだろうな・・・という気がしたので、コバルトーレのことを書いた。出勤して普通に仕事。


地震が来てから、被災地とは離れたぼくのところでもいろんなことがいっぺんに変わった。各種報道に接することで、なんとなくメディアの“思惑”というのもわかってきた。マスを通さない、twitterに代表される情報ツールについても、便利さと同時に恐さも見えてきた。“高速情報系優性思想”とでもいいましょうか。
こちらは、なるべくこれまで通りの生活をしようとしています。変えたことは、スポンサー・セイカ様に行く回数をかなり減らして、浮いたバクチ予算を義捐金として活用したぐらいかな(笑)。

きっちり生産と消費を行い、“経済”を動かさないと復興そのものが立ちゆかなくなるし、なにより“元気”がなくなる。こちらは、なるべくこれまで通りの生活をします。

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