吉田鋳造総合研究所
鋳造所長雑文録
2005/02/07◆週末の読書
 home  index  prev next 

職場の帰りに本屋に行った。話題の“電車男”が平積みになっていた。通りがかった女子高生2名が手に取る。「なにこれ?意味わかんない」。彼女の声には、あえて危険な表現をすれば“敵性民族”に対する攻撃性すら感じられた。こうして“電車男にもなれない男”“エルメスにもなれない女”は生産され続けていくのだ。ぼくは違う本を手に支払いを済ませ、帰路に就いた。


帰りの電車の中でNumber誌を読んだ。通巻433、フランスW杯出場32チーム決定特集。以前の雑文で、マンガ『オフサイド』から計れる世界との距離感====ThisIsTheErrorMessege====について書いたことがあるけど、このNumberを読み返しても思うことは同じだ。7年前のいまごろは、第3代表決定戦を勝ち抜いて====ThisIsTheErrorMessege====出場を決めたってんで大騒ぎだった。で、今年は再び最終予選。W杯予選を突破したのはフランス予選の1回だけだという事実がどこかに置き忘れられている、というか見えないフリをしているような気がしてならないんだよな。

と、そんなことを考えるために7年前のNumberを引っ張り出して読んでいるわけでは、もちろん、ない。


ぼくは購入した雑誌をもちろん全部保存しているわけではなく、印象に残るテキストや保存の必要な情報が載っているもののみ残してある。Numberの通巻433を残した理由は、ナポリで行われたイタリア×ロシアの欧州予選プレーオフ第2戦レポートがあったからだ。イタリアがW杯出場を決めたことが嬉しくて残してあるわけでも、もちろん、ない。それが、とても印象に残るテキストだったからだ。内容が、ではなく、表現が。著者は藤島大。
その通巻433では、フランクな口調でジョホールバルの死闘を振り返る中田英寿のインタビューが特集の基幹になっている。インタビュアーは金子達仁。彼特有の、洗練された感傷で滑らかにコーティングされた文面との比較はもちろん、通巻433全体の中でも藤島氏の文章は明らかに異質だった。文章のそこここで引っかかるのだ。悪い意味ではない。機械式時計の硬質な動きを見ているような文体。リズムがあるのに軋んでいる。アンディ・パートリッジのカッティング・ギター。
文体だけでなく、書かれた内容も妙な軋み音をあげていた。試合内容の描写も、スタンドの印象記述もあまりない。「もしかしたらイタリアがW杯出場を逃すかもしれない」とんでもない大一番を伝えるという課題を、周辺描写だけでクリアーしてしまっている。

そんな彼が、同じNumber誌で数年前に隔号連載を行った。『スポーツ発熱地図』。日本全国、インパクトの大小はあるもののその土地ならではのスポーツ文化発信をしている街がある。能代のバスケットボール、常呂町のカーリング、苫小牧のアイスホッケー====ThisIsTheErrorMessege====、野沢温泉のスキー、浦和のサッカー。その街を訪ね、話を聞き、うまい酒を呑む。読んでいて「この放蕩道楽者めがぁーっ!」と思わず叫んでしまいたくなるようなことを、彼は平然とやってのけていた。その『スポーツ発熱地図』が一冊の本になったのだ。


ぼくはこの週末をかけて『スポーツ発熱地図』を一気に読んだ。そして読み終えて思ったことは、残念ながらぼくは読み方を間違えたということだ。これは一気に読む本ではない。隔週発行雑誌で隔号連載、つまりほぼ月イチ。掲載誌だけで完結する構造で書かれているアーティクルを一気に読むのは、正直言って疲れる。連続して読むことを前提に書かれていないのだから仕方がない。
これは、旅行の際に携帯していくのが正しい読み方のような気がする。“読み散らかす”のが正しいとでも言おうか。移動の新幹線の中で、一話を読み終えるごとに手を休め、横に置いた飲み物を一口。で、気が向いたら次のページへ。横にあるのが缶ビールでも缶チューハイでもワンカップでも、ほんの少しだけ普段とは違う味がするのではないだろうか。アルコールがだめなひとはペットボトルのお茶でも。
いや、違うな。これは万人に勧められる作品ではない。すべてのスポーツ好きに勧められる本でもない。勧めるとしたら、スポーツと“酒”を愛するひとに……いやこれも違う。“酒”とスポーツを愛するひと……これも違うな。そう、“酒場”とスポーツを愛するひと、だ。これに該当しないひとでも、もちろん十分に愉しめる作品ではある。村上春樹の“僕”は、完璧な耳の彼女に「良いバーはうまいオムレツとサンドウィッチを出すものなんだ」と言う。でも、良いバーではうまいオムレツとサンドウィッチの他に、うまい酒だって愉しみたい。
上段で、アンディ・パートリッジのギターに例えたのは間違いだったかもしれない、とも思う。それは石坪信也のドラム。武骨で、そのくせハートウォーミングで、ロックなのに渋めの夜の“酒場”が似合う。


もし、国語の試験で『この作品を象徴していると思われる一文を抜き出せ』というのがあったら、それは、Number誌でも書評でピックアップした

「一応はスポーツライターだから、素敵な酒場は直感でわかる。」

が正解だ。ほかにない。


『スポーツ発熱地図』の連載は03年4月で終わっている。続いていたら、その秋の新潟は、川崎は、昨年の鳴門は、草津は、そして忘れちゃいけない、柏はどう描かれたか。企業、大学、高校、クラブ。サッカー微熱地図。誰でも思いつくアイディアではある。でも、この本の世界は作り出せないだろう。藤島氏の文章がにじませる少し油臭くて酒臭い感傷は、残念ながら非主流派だ。
だからこそ、こんな作品を埋もれさせずに世に出せる日本の出版業界もまだまだ捨てたもんじゃないと思う。まだまだ捨てたもんじゃないんだから、とっとと文庫化してください。サイズの大きい本を旅行に持ち出すのは、結構大変なんだよね。

 top  prev next