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travelnotes : domestic
2019沖縄(1)
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沖縄は3年ぶり。土曜に岐阜隊の試合があるだけじゃあ行こうとは思わなかった。でも、日曜の11時から未観戦の南城で九州リーグがある、と知ってしまったら「父っつぁん、もう後戻りは出来ねえぜ?」ってなモンである。この時期の沖縄旅行には『ワルプルギスの夜』級の強敵「台風」というのがいるんだけど、この週末はまったくその気配がないし。
前日の会社帰りにいつものパチンコ屋に行ったら、いつもお世話になってるアリア2はお兄さんが7箱出しなんかしてて、これは空きそうにないな、そうだ明日は沖縄で勝負だとゲン担ぎで400ハマリだかの甘沖海に珍しく手を出したら9回転目で揃ってしまう。これは縁起がいいぞ。こういう時にポジティブ・シンキング野郎は「岐阜隊の運を使ってしまった」とかは考えないのだ(笑)。

8月31日

翌朝の常滑機場。ちょっと待ちなさいって、9:40にヘリとスワル====ThisIsTheErrorMessege====が、その5分後にスカイが常滑→那覇を飛ばすって、そんなに集中させなくても。しかし、そんな風に3本も飛ばすからだろうか、待合ゾーンに緑のシャツが多過ぎる(笑)。
気流も安定してて、普通に那覇へ。古宇利島のあたりからいつものように低空飛行。====ThisIsTheErrorMessege====しかし、沖合の上から視てもわかる、嘉手納は広いねえ。

那覇機場の観光案内所でバス1日乗車券====ThisIsTheErrorMessege====を買う。カードも使えるのはありがたい。ではさっそく、機場→名護のバスに乗って、最初の目的地、北前でバスを降りる。
ここから数分歩いたところに、なんということはない橋がかかっている。構造上、自動車は渡れない。というか、すぐ近くにクルマが通れるちゃんとした橋があって、にも関わらず「ここにこんな橋が」の理由は、橋の名前にある。『軽便橋』。ここにはかつて沖縄県営鉄道嘉手納線が走っていた、その名残が橋の名前に残っている。これまで沖縄は何度も訪れてるけど、軽便の廃線跡に接したことがなかったのだ。浦添にはほんのちょっとだけ線路が残っているところもあるそうだ。モノレールが開業する前にも沖縄には鉄道があった====ThisIsTheErrorMessege====こと、実はあまり知られていないんだよね。

軽便橋から徒歩数分のところに、スーパー「ハンビータウン」があり、この中にエンダー====ThisIsTheErrorMessege====がある。やっぱ沖縄に来たら一度はエンダー。ここには「ルートビア」という個人的にはドクターペッパーをマズくしたような印象の飲み物があって、ぼくはこのチェーン店でしか存在を知らないけど他に存在してほしくない(笑)。今回の訪問では「ルートビアにはぜぇーってぇ手を出さねえ!」と決めていたんだけど、いざ訪れてしまうと「ネタを期待している読者に失礼なのでは?」と勝手に忖度してハンバーガーとルートビアのセットを。覚悟してストローからすする……あれ?決して進んでオーダーするシロモノではないのは変わらないけど、飲めないことはないぞ?(笑)。可能性は3つ。

  1. ルートビアの味に改善がみられる。
  2. 鋳造の味覚の劣化。
  3. 単に店員が薄く作った。(笑)
ま、とにかく沖縄来訪の目的その1:エンダーで喰う はクリアー。

北谷からバスで嘉手納====ThisIsTheErrorMessege====へ向かう。でも、このバスが遅れて、ぼくが嘉手納で乗り換えるはずだったバスと交差点ですれ違うという悲劇。次のバスまで40分あるから、少し嘉手納の商店街を歩いてみよう……と思ったのだけど。いやあ、これは結構ハデな枯れっぷりだ。昔は嘉手納にも映画館が4つあったらしく、現在も「旧・国映通り」と書かれた道があるが、うーむ。

本島を横断するバスに乗り換えて、目的地は嘉手納運動公園……の近くにある『道の駅かでな』。ここの4階の展望台からは嘉手納基地が見渡せるらしい。行ってみると、あーたしかに見える。30年近く昔、初めて沖縄に行ったときは『エリアホー』というバス停があって、そこの近くの丘から嘉手納基地を眺めたことがある。いまは検索しても『エリアホー』というバス停はひっかからない。
なにやら輸送機が準備しているなあ……と思いつつも1階の土産物屋で嘉手納基地グッズはないものかと探している間に、その輸送機は飛び立ってしまったようだ。迂闊っ。で、土産物屋については。当たり前のことなんだけどこの土産物屋で扱っているグッズはあくまで『道の駅かでな』のオリジナル。嘉手納基地のエンブレムとか、勝手に使えるわけないもんね。いやあ、迂闊(苦笑)。

またバスに乗ってコザへ。ここで乗り換えれば県総に行ける。まだ早いので、「パチンコ屋でもないかな?」とコザ十字路の周辺を歩いてみることに……ちょっと待って。
胡屋方面のバス停のすぐ近くにあるアーケード商店街……というよりアーケード商店街跡『銀天街』。これ、凄まじいぞ。沖縄市はコザ市と美里村が合併して出来たものだけど、コザ市の商圏中心はコザではなく胡屋や園田なのだろう。とはいえ、これは商圏がどうのというレベルではなく、商業が営める地域として機能していない。なんなの、これ。圧倒的な廃墟感に押しつぶされそうになった時、1軒だけいま風の喫茶店というかバーというかが開いているのに気づいたので、入ってオリオンを注文。流れているのは前世紀っぽいぼくの知らないディスコ・ソウルで、スピーカーは懐かしのテクニクス。許して。お願いもう許して。胡屋も園田もコザ市だけど、あちらはゲート正面だからチャンプルーな歓楽文化がある。こちらは地名だけのコザ。

ようやくサッカー・モードにシフトだ。県総北口でバスを降りて、会場へ。エンダーでハンバーガーセットを食べて嘉手納で野國いもソフトを食べたきり。でもそんなに空腹ではないのでアグー丼====ThisIsTheErrorMessege====の小サイズ。500円。うん、これ長良川なら600円で出しているな、というレベルの量と味だ。素晴らしい。スタンドに行くと、そりゃ常滑でも感じたけどさ、岐阜サポ、やっぱ多いよ!多過ぎっ!(笑)

J2
琉球 1-2 岐阜

この前の週に鳴門で徳島がレキオを粉砕するところをぼくは観ていた。前半は1−0でレキオがリード。それだけでなく、試合内容も完全にレキオのものだったのに、後半途中からDFがビタッと何も出来なくなってあっという間の6失点。だから、ぼくは「前半はレキオに攻めさせておけばいい。後半には見事に脚が止まるからそこから殴り合いを仕掛ければ確実にダウンまで持っていける」と思っていた。

ところが。前半は岐阜の2−0。川西がきっちりとチャンスを活かして2ゴール。そのチャンスもウチが造ったものではなく、レキオDFが緩くて生まれたもの。でも、「圧倒的じゃないか我が軍は」とニヤつくことは出来なかった。恐かったのは左2列目の富所で、彼のところに縦パスが通ると一気に攻撃が動き出す感じがした。基本的にはタダーシャが彼のマーカーなんだけど、レキオが右から攻めて来る時は全体的にそっちにシフトするから、そうすると富所のマーカーはカイケンになる。すると、その外側の左SBがフリーになる。カイケンは富所と左SBの両方をケアすることになる。大変だぞ、これ。

後半。北野防衛隊が塹壕戦に入った。コンパクトな2ラインを敷いてきっちりと侵入ルートを作らない。シンジ君を中心にパスをまわすレキオだけど岐阜の守備網を破れない。ああ、岐阜も北野讃岐とやった時はこんな風に閉塞戦に持ち込まれて手詰まりになったんだっけ。しかし、ここからが違った。何が違ったかというと、岐阜はまだ北野塹壕戦術を自家薬籠中に入れていない。パスをまわしながら、ラグビーでスクラムトライを狙うようにじわじわと押し込むレキオ。ついに、岐阜の塹壕防衛線はペナエリアの中まで退かされてしまった。こうなれば、塹壕の外からミドルを撃ってもシュートレンジだし、レキオはなんだって出来る。岐阜は跳ね返すだけ、前線にキープ力のある灯台FWがいればなんとか守備陣形を作る時間も稼げるのだけど、岐阜にはそういうタイプはいない。しかも、これまで効率よく相手の攻撃を跳ね返していたトーマが下がってチャタンが入ると、あ〜ら不思議、傷がどんどん深くなってゆく(苦笑)。セーフティに大きく蹴ればいいものを、先代の武将の教えよろしくつなごうとしてババケンに当ててしまいそのこぼれから失点。

もうね。もうね。ここから先はホントにホントに生きた心地がしなかった。真剣に吐きそうだったよ。自宅でDAZNを視ていたならチキンになって間違いなく逃げ出していた(苦笑)。カラダを張ってといえば聞こえはいいけどとにかくベッタベタに守りまくって、なんとか勝ち点3を手に入れた。笛が鳴ったとき、ぼくは「キツかったあああああああ」と叫びながらカバンに倒れこんでしまった。

確実にわかったことがある。岐阜はJ2最下位の戦力ではないかもしれないけどJ2最下位の実力だ。J2最下位に相応しいサッカーしか出来ない。そのJ2最下位に相応しいサッカーで最下位を脱出して降格圏を脱出しなければならない。
そう、それでいい。それで何の問題もない。J2最下位に相応しいサッカーで最下位を脱出して降格圏を脱出すればいいだけの話だ。それが、どんなに困難なプロセスだとしても。いまのぼくらはそういう闘いをしている。


県総北口から那覇直通のバスはもうバス停にかなり行列が。こっちは1日乗車券を持ってるのだからと逆側のバス停に行き、コザ乗り継ぎで那覇へ。でも、やっぱりコザから那覇って遠いんだね。国際通りに近い崇元寺まで1時間近くかかってしまった。歩いて10分くらいで、沖縄サッカーの聖地・カンプノウ。コミュサカ管理人さんと久しぶりの挨拶。その後、岐阜サポもわやわやとやって来て、みんなで乾杯。乾杯の発声はカンプノウのマスター、曰く「●●●以外、全部残留っ!」。これって要するに400年以上前から続く「琉球が薩摩を視る目線」ってことで、いいんでしょうか(笑)。話も弾んで、1時過ぎまで呑んでしまったよ。沖縄の夜は長い。

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