cyic.co.uk 吉田鋳造総合研究所
travelnotes : domestic
「行くぜ、東北。」【2014南東北編】(2)
▲home ▲index <<prev next>>

2014年10月26日

新庄の朝はものすごーい霧が迎えてくれた。まずは尾花沢へ行かねばならない。尾花沢の玄関口は大石田====ThisIsTheErrorMessege====で、バスも時間1本程度は走ってるだろう……なあーんて考えてたら甘い甘い。乗り換えだけ考えたら、。尾花沢は山形より仙台の方が行きやすい====ThisIsTheErrorMessege====かもしれない。『週末パス』があるのだからと新庄から舟形まで電車で行って新庄発の仙台行バスをつかまえることにする。しかし、舟形〜尾花沢が780円もするとは思わなかったぜ(苦笑)。
尾花沢待合所は予想通り『駅跡』。廃線跡が残ってるのを確認してから、やってきたバスで銀山温泉へ。尾花沢始発のこのバスで行けば現地に2時間くらいいられるので風呂のハシゴくらいは出来る。で、行ってみて知ったのだけど、銀山温泉はもっとずっと山深いところにあると思ってた。結構近くまで田んぼが広がってたりするのね。

景観保全のために温泉街のクルマ乗り入れには激しい制限がかけてあるから、バス乗り場は温泉街の入口の少し手前にある。しかし、それも行ってみて納得。狭い川の両側に大正時代からの温泉旅館が並ぶ風情は相当なもの。冬景色の夜は恐ろしいくらいフォトジェニックになるだろう。これは確かに『泊まりたくなる』。公衆浴場は2つあり、『かじか湯』→『しろがね湯』の順に入ったけど、個人的には圧倒的に『かじか湯』が好み。無人で、入浴料を箱に入れるだけという。浴室は狭く、2人同時にカラダを洗うことも出来ないだろう。でも、それがいいのだよ。2湯ハシゴしたところで温泉街に戻ると歩いてる観光客の数が4倍くらいになってて(笑)驚いた。ツアーバスがやってくる時間になったのだ。風呂上がりにちょっと何か口に入れたいなあ……と歩いていると、「立ち食い豆腐」なる店が!これはもう逃げ場がない、すぐ近くの土産屋で『月山ピルスナー』を買ってきて川沿いのベンチに座って豆腐をアテにぐびぐび。嗚呼、なんという至福。危うく、帰りのバスに乗り遅れるところだった(苦笑)。
帰りのバスは尾花沢を経由して大石田まで行く。新庄行の普通列車は行ったばかりなので、駅隣接の『ふうりゅう』という蕎麦屋でゲソ天+板そばのセットを蕎麦大盛りで。食べてた時は大したことなかったけど、後から結構腹がクチくなった。食べ終えて、普通列車の時間まで駅のあたりをぶらぶら。土曜日曜に大石田で“新そばまつり”、日曜には尾花沢で“新そばまつり”に真室川で“大収穫祭”。もうちょっと、スケジュール調整とか出来ないものなのだろうか(苦笑)。
普通列車で新庄に行き、陸羽西線に乗り換え。恥ずかしながら『りくさい』に乗るのは初めてではないかと思われる。今回は津谷で下車、線路に近い道を15分ほど歩くと、いきなりグラウンドが現れた。戸沢村多目的グランド。東北リーグ2部南地区の最終節、戸沢FCvsいわき古河の試合が行われる。前節で優勝を決めているいわき古河。既に最下位が決まっている戸沢。

東北2L南
戸沢 0-3 いわき古河

攻撃だけ観ていると、パッと見では戸沢は「1勝3分13敗」で最終節を迎えるようなチームに思えないのだけど、優勝が決まってるいわき古河が緩かった気もするし、戸沢も行けるのは「チャンスの扉のノブに手をかける」まで。後半に相手のハンドで得たPKのチャンスもクロスバーの上に蹴り上げてしまう。結局、チャンスの数と決定力で勝ったいわき古河が順当に勝利し、優勝に花を添えた。一方、“村のサッカークラブ”戸沢の挑戦は1年で終わり。来年は再び山形県での戦いに戻っていく。
バック側で選手の奥さんがこどもと一緒に応援。坊やの「ふるかわがんばれえー」の声も微笑ましい。で、その男の子が

「ねえ、なんでパパいないの?」と訊くと、奥さんは
「パパはねえ、交換させられちゃったの」

いやいやいやいや奥さん、ご主人は“部品”じゃないんですから(笑)“交代”と言ってあげましょう(笑)。
で、試合後にこの奥さんと少し話をした。なんと、こどもを連れて全試合に行っているのだそうだ。ぼくに「試合後に胴上げやるって言ってました」と教えてくれたり。ぼくが「来年は大変ですよー、青森に弘前ですから」====ThisIsTheErrorMessege====と言うと「えーっ?どうやって行くの」と少々パニック。「1部ではそう簡単には勝てない」というのは奥さんもわかっていて、「前回も2年で落ちたし」と冷静に現状を把握しているご様子。最近はご主人は仕事が忙しくてなかなか練習にも参加できないのだそうだ。しかし、大変だとわかっていてもサッカー選手は強いところと戦いたいモノ。これはもう、そういう『血』が流れているとしか言いようがないのだ。
また15分歩いて津谷駅に戻って来た。着いた時には気づかなかったのだけど、使われていないホームに、この津谷地区のスローガンが書かれていた。「日本一の大柳 地元津谷 未来に輝く村づくり老人パワー」。なんか、じわじわと日本の過疎地域の現実が伝わってくるコピーだ。
新庄→東京→名古屋と新幹線を乗り継いで岐阜駅に着いたのは23時過ぎ。新庄駅の駅弁売りは午後3時くらいには終わってしまうのだそうで、だったらもう駅のコンビニの“のり弁”でいいや(笑)。そして、あとは岐阜隊の状況を追いかけたり旅行記書いたり。岐阜隊は3連敗かあ。熊本にどうしようもない試合運びで逆転負けした時に「19位までは落ちるかもな」と思ったのが現実になりつつある。いや別に構わないです、内容的にはそんなもんでしょうし。

▲top <<prev next>>