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日本電装JFL昇格まで
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藤枝ブルックスでJFLを知り、西濃運輸でJFLにつかまってしまった私・鋳造ではありますが、実はその頃は愛知県知立市に住んでいまして、ですから、もし日本電装(当時)がサックリJFLに昇格していたら、きっと西濃運輸と関わることなんかなかったんだろうなあ、とは思うのです。

初めて日本電装の試合を観戦したのは、長良川競技場で行われた天皇杯でした。京都サンガに0−2とリードされてから柳沢のPKで1点返したものの、そのまま。ま、ここまでかなという感じで、深く印象に残ったというわけではありません。

次に観たのは、翌年1月に北九州本城陸上で行われた地域リーグ決勝大会予選リーグでした。実はこの時も、ブランメル仙台見たさのついでだったのです。前日の試合で電装はブレイズ熊本に0−2で負けていて、決勝リーグに進むには3点差をつけて勝たないといけない、という状況でした。電装は香川紫雲FCを相手に、前半は苦戦したものの、後半立て続けに得点して2−0とリード。しかしサポーターも選手も納得しません。そして終了間際、カラダごとボールを押し込むように3点目をGET。電装は3−0で勝利し、最終日に望みをつなぎました。結局、最終日にブレイズが紫雲に勝利し、電装の決勝リーグ出場は夢と消えるのですが、電装選手のやれるだけのことをやろう!という気迫は胸にしみました。

そんな電装が、翌年も地域リーグ決勝大会に駒を進めてきました。プリマハム土浦との壮絶な試合を制した電装は、大分で行われる決勝リーグにまでたどり着いたのです。世間的には大分トリニティが話題の中心で、私の仲間達もトリニティを観よう!と集まってきたのですが、私は正直言って電装モードでした。

瀬戸内海の夜行フェリーに乗って、大分港に着いたのは午前10時近く。競技場に向かうタクシーの運転士さんも、もちろんトリニティのことは知っていました。
「お客さん、どちらから?」と尋ねてきます。
名古屋からですと応えると、彼はすかさず
「ということは電装さんですか。カタキですね?」
と、にこやかにケンカを売ってくる。さすがであります。

1試合目は横河電機vsYKK。正直言ってこんなもん?という試合でしたが、2試合目の電装vsトリニティは違いました。選手個々の能力はトリニティの方が上でしたが、チームとしての完成度、そして試合運びという点では、東海リーグで揉まれている分電装の方が上でした。後半に得点した電装がそのまま勝利。トリニティ側はこんなはずじゃないという思いが強かったでしょう。

そのまま電装が押し切って昇格決定か?と思われたのですが、第2日のYKK戦も勝利したものの思ったほど得失点差を広げられず、電装・トリニティ・横河の3チームに昇格の可能性が残りました。特に電装は、すでに2勝しながら、最終日の横河戦を落とすとまたしても昇格見送りという事態になります。最終日の第1試合、横河vs電装はまさに昇格をかけた大一番となったのです。

雌雄を決する横河vs電装の第1試合ですが、明らかに電装は気持ちが引いていました。ドロー→PK戦突入で昇格という状況がそうさせたのでしょうけど、前半はなんとか0−0でしのぎましたが、後半にマリオ・セザールにヘッドで押し込まれて先制されます。昇格を決めたかのように大喜びの横河の選手達。一方の電装、ここから気持ちを攻撃的に切り替えることが出来るのか?そして後半残り15分くらいでしょうか、堀の出したスルーパスにオフサイドぎりぎりで反応したのは徳重でした。飛び出した横河GKをかわすと、無人のゴールに流し込みました。同点です。かけよって喜ぶ電装選手、膝から崩れ落ちる横河の選手。試合はこのまま1−1でPK戦へ。この瞬間、電装の1位抜け=JFL昇格が決まりました。私は我が友・SUN'S SON氏と抱き合って喜んでしまいましたわさ。

大分空港から名古屋までの空の旅は、電装の選手達と同じ便でした。待合室でビールを飲みながらくつろぐ選手達の姿は、「大変だったな」「でも、うまく行ったな」と話しながらビールを飲む、バドワイザーのCFそのままでした。名古屋空港では、出迎えの人たちの中に祝・電装サッカー部JFL昇格と書かれた紙を掲げる人がいました。

ああ、大分まで行ってよかった。

こうして私は、どこで開催しようと毎年地域リーグ決勝大会を観に行く人間になってしまったのです。
どうしてくれるんですか、こんなカラダにして。

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