cyic.co.uk 吉田鋳造総合研究所
鋳造所長雑文録
2018/09/07◆ずいぶんご無沙汰の雑文は雑文らしく
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GW明けから雑文にまったく手をつけていなかったんだ。まあ、やることがあってずっとそれに着手してたってのもあるけど、たまには書かないと書き方を忘れちゃいそうだし(苦笑)。

とりあえずワールドカップについて

なんか、もう遠い昔のことのように思えるんだけど、もしかしたらもう遠い昔のことなのかもしれない(笑)。

日本代表の戦いぶりについては、まずポーランド戦のアレは、にしのんはリアリストではなく勝負師でもなくギャンブラーだったということで決着。セネガルvsコロンビアに対して外ウマ====ThisIsTheErrorMessege====で張っただけだから。
で、ぼくは民営銀玉を主戦場とする負師(苦笑)なんでわかってるつもりだけど、バクチは勝ったヤツが一番正しい。これは譲れない。しかし、これを呟いたところ反論もいくつかいただいて。「負けこそがギャンブラーの美学」とドヤ顔で喰いついていらっしゃった方とは、一緒に呑んで負け自慢したら面白いかもしれない(笑)けど、「W杯で監督がバクチ打っていいわけないだろ」ってのは、ねえ。「バクチを打ったら結果以外の評価に意味はない」と言ってるのに「そもそもバクチなんか打つな」と絡んでくるって、なんなの。ねじれの位置====ThisIsTheErrorMessege====なの。えーとね、差し出がましいことを申しますが、そういう絡みかたはお友達をなくしますよ(笑)。

全体的には、スペインが何大会か前に確立したパスサッカーの対策が綺麗に出来てしまって、もはやほとんど全否定だったと思います。そんな中で「これが日本の進む道ぃ〜」と、ジャパンズウェイだかウェ〜イだか踊ってる皆さんが協会にいらっしゃる間は、届いても1次リーグ突破まで。その先まで進むことはないような気がします。

親父の遺影を連れて行く

親父が死んでもう11年。来年は十三回忌なんだね。

親父は予科練====ThisIsTheErrorMessege====の出身で、「若い血潮の予科練の〜七つボタンは桜に錨〜」と謳われた予科練の七つボタン制服を大事に持っていた。一度「着てみるか」と言われたのだが、ぼくはこどもの頃から背が高く、その制服はサイズが小さくて着れなかった。親父はすごく寂しそうだったっけ。あの制服はどうしたんだっけ。親父の棺に入れて一緒に灰になってもらったんだったかな。本人は「戦争があと半年長引いていたら特攻隊で死んでいた」と言っていたけれど、挙母の基地だか====ThisIsTheErrorMessege====で滑走路の工事をしていたら終戦になった、のだとか。で、ぼくは先ほどの歌の続き「今日も飛ぶ飛ぶ〜霞ヶ浦にゃ〜」から、予科練の基地は土浦だけだと思ってたのだけど、父は「香良洲にもあった、そこにいた」と言っていた。後に調べてみると、確かに香良洲にも予科練の基地があった。知らなかったよ。

夏のある日、NHK『英雄たちの選択』で取り上げていた、松浦武四郎====ThisIsTheErrorMessege====の記念館が三重の松阪にあるというので、定例のじゃからんドライブ====ThisIsTheErrorMessege====に合わせてそこに行こうということになった。記念館はどのあたりにあるのだろう?と地図サイトを視ていたら、すぐ近くに旧・香良洲町があるのを知ったのだ。これは行きたい。というか、行かなきゃ。


松浦武四郎記念館は、あくまで彼の功績を称えるものなのでアイヌ文化の展示が充実しているというわけではない。ないけれど、彼が作成した北海道地図の詳細ぶりは執念というかマニアというか(笑)。しかし、白老に伊達藩の陣屋があった====ThisIsTheErrorMessege====のは知らなかった。今年が彼の生誕200年ということで、日ハムファイターズの「TAKESHIRO 200」のユニが飾ってあったのは、ちょっとオチャメ(笑)。

クルマで数分のところに武四郎の生家があるというので、そちらも行ってみた。すべての扉を開け放った旧家屋は、しっかりと風が通って外の道路と比べると圧倒的に心地よい。まさに吉田兼好が「家は夏を考えて建てろ、冬はどうにでもなる」====ThisIsTheErrorMessege====と喝破した通りというわけだ。生家は旧・伊勢街道に面していて、つまり幼少時代の武四郎君はお伊勢参りの客を見ながら旅する自分を想像して心ときめかせていた、のかな。

さて、松浦さんの話はここまで。クルマで少し東に向かって香良洲歴史資料館へ。駐車場から玄関への通路脇に『海軍用地』の境界杭石があったりする。
香良洲の予科練基地は「三重海軍航空隊」と言った====ThisIsTheErrorMessege====そうだ。もちろん、ここから航空兵となったOBは多いし、配属されて神風で散っていった兵も少なくない。
実家への手紙が多く遺されていて「タバコがないのです送ってください」という文面のが多いのが当時の物資事情かな。ぼくは、親父の遺影を胸に抱いて館内を一周し、観覧を終えてから館長さんに「父がここの卒業生だと聞いていたので来た」と話した。ここの卒業生の皆さんにも、そろそろお迎えが来る時期なのだろう、「死ぬ前に来たかった」と訪れる方もいるという。ぼくは、親父が生きている間に連れてくることが出来なかった。申し訳ない。

観葉植物の話

種類は増えていない。というか、増やし損ねた。じゃからんが(笑)。今年のじゃからんは、なんとアサガオすら咲かせることが出来なかった(爆笑)。いやさ、えーとさ、「いつかはオリーブ」とか、誠に恐縮ですがどのクチがおっしゃっているのでしょう(笑)。まあ、本人もアサガオ失敗は結構堪えたようで、最近はオリーブがどうとか言わなくなった。身の程がわかったのかしら(笑)。
ガクアジサイ・ダンスパーティーの「五十鈴華」は、今年は咲かせない年。じゃからんはちゃんと来年は咲かせられる!と言ってるけど、さてどうでしょうね。

ぼくは、まあたいしたことはしていない。がじゅまるとフィカスプミラを挿し枝で増やしてみただけ。どっちもちゃんと育ってくれているけど、がじゅまるって挿し枝だと独特の太い幹は育ってくれない====ThisIsTheErrorMessege====っぽいのね。がじゅまる本体「ヘッツァー」は、ようやく幹の上の方からわやわやと気根が出てきて、がじゅまるらしくなってきた。こんだけデカくなると、早けりゃ来年にはテラコッタのデカ鉢に植え替えて床置きかなあ……。
リビングではなく自室で展開中のフィカスプミラ「KV−2」「IS−2」も元気。しかし、かーべーたんはかなり大胆に切り戻しをやったんだけど、枝を落とした際に菌でも入ったか、3株あるうちの1つは死んでしまったらしい。IS−2の方はサニーホワイトが綺麗な葉を広げてくれた。やっぱりね、部屋に緑があると落ち着くよ。

続きは近日中に。

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