吉田鋳造総合研究所
鋳造所長雑文録
2017/06/15◆『サポルト!』を分解してみた
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※注意※ 今回の雑文はネタバレを多数含んでいます。ご承知のうえでお読みください。


高田桂先生の『サポルト!』の第1部が終わった。とはいえ、先生自身が「コミックスの売り上げが芳しくなかった」というようなことを呟いていたので、おそらくは“打ち切り”ということなのだろう。とても残念なことであるし、大勢の方が惜別の呟きをしている。でも、その大勢の方がコミックスを持って(買って)いるとして、それでも出版側が「売り上げが芳しくない」という評価になるのだから、このご時世で『商業ベースに乗る売り上げ』を満たすのがどれだけ困難なミッションかということにもなる。ネットでは、この打ち切りに対して「当然。だってつまんないじゃん」という冷静なコメントも多くはないが見かけた。

ここでは、ちょっと距離を取りつつ、『サポルト!』という作品を分解しながら眺めてみよう。「つまんないじゃん」という評価がどこから来るのか、を目の隅に置きつつ。


『サポルト!』の副題は「木更津女子サポ応援記」だ。結構わかりやすい。副題を分解して、「木更津」「女子サポ」「応援記」。さて、この作品のセールスポイントは何か。もちろん「女子サポ」だ。木更津は設定舞台に過ぎないし、応援記を売りにした作品でもない。そして、なぜ「女子サポ」がセールスポイントになるかというと、これももちろん「女子」と「サポ」は並立が珍しい概念だから。たとえば、サブタイトルを「岐阜中年男サポ応援記」にしてみよう。「こいつ(作者)は何を売りにする気なんだ(呆気)」となって、売り上げは100分の1にもならないだろう(笑)。

次に、『サポルト!』全3巻のストーリーを分解してみる。

セクション1.
第1節~第4節
スイスアーミーナイフで削ぎ落とせるほどに手垢のついた「巻き込まれ型」で物語に登場する主人公:室町花子(ムー子)は、木更津FCのゴール裏に参加するようになる。この段階では風夏・あゆみと3人で応援に参加しているだけ。他に出てくるサポはマーボ&京子夫妻のみ。ムー子の動機は「3人で楽しい時間を過ごしたい」だけ、という段階。
キーワード:
♥ムー子「わたしはこの街がきらいだ、けれど/あそこには“好き”がたくさんあったんだ」
♥ムー子「きっとなんでもよかったんだ、進んで声を出せない自分の背中を押してくれる最後のきっかけは/ほんとうは全力で楽しむふたりにあこがれていたんだ」
セクション2.
第5節~第8節
幕張SCとのダービーを迎え、風夏の友人である幕張サポとその友人達との交流が生まれる。ムー子の世界が広がっていく(幕張サポのいおりんとLINEと思われるものでやりとりするまでに)段階。
もう一つ。幕張サポ組とのフットサルのゲームに参加して、初めて“サポート”される。それによって“サポート”することの意味にムー子が気づく。自分の行動が外部に影響を与えられることを知る。主人公が『社会性』を獲得する段階。そして、ダービーの劇的な試合展開の結果、ムー子にとって木更津FCが「風夏やあゆみと愉しい時間を過ごすためのパーツ」から「自分の喜怒哀楽を預けられる存在」、いわゆる『マイクラブ』になる。
キーワード:
♥ムー子「あっちの声、こっちの声。たぶんそんなものなくたってサッカーはできる/だけど、それがあればこそできることもきっとある、これが…応援のチカラ!!」
♥風夏&あゆみ「…ムー子、お前ようやく好きになったんだな」
セクション3.
第9節~第10節
ムー子、駅で試合告知活動に参加する。サポ活動に伴う家族との確執を「試合に連れていく」という正面突破でクリアーする。ゴール裏に“定位置”が出来ていることをムー子の両親も知る。ムー子にとって、木更津FCの『マイクラブ』化からさらに進んで、「木更津ゴール裏」というコミュニティへの所属を意識し、周囲にも意識させる段階。
キーワード:
♥ムー子「わたしの友だちはあんな子なんかじゃないし、わたしの好きなものはそんなものなんかじゃないよ!!」
♥ムー子母「これがあの子の大好き…なのね」(※注:ゆうきまさみ『じゃじゃ馬グルーミン★UP!』で、東京競馬場に日本ダービーを観に訪れた駿平の両親が「あいつにはあいつの社会があるんだなぁ」と息子の生き方を認めるシーンと重なる)
セクション4.
第11節~第14節
木更津ゴール裏が“一枚岩”ではない脆い環境で成り立っていることを、トラブルをもって知る。あゆみの負傷と父によるあゆみ観戦禁止、ゴール裏メンバーの世代交代で風夏がコールリーダーに。サポートにまわるムー子。結果的にトラブルの仲裁にも一役買い、自覚と自信を持って「木更津ゴール裏」コミュニティの確固たる一員になる。
キーワード:
♥ムー子「わたしは木更津FCというクラブと…ゴール裏とどう関わっていくんだろう?」
♥ムー子「風夏も京子さんも、わたしと同じお客さんなのに/なんでみんな“ありがとう”って言うんだろう?」
セクション5.
第15節
残っていた「あゆみ観戦禁止」問題に決着がつく。木更津ゴール裏に“とりあえずの平穏”が訪れる。
キーワード:
♥あゆみ父「結局は自己満足じゃないか、ぼくには理解しかねる/こんなに沢山の人間が誰に頼まれた訳でもないのに…これが、サポーターか」

こうしてみると、「『サポルト!』はどういう話なのか」の答はムー子が「木更津ゴール裏」参加をきっかけに社会性を獲得する話という“めちゃくちゃ王道路線”の作品ということになる。どこにも問題はない。では、なぜ売り上げが芳しくなかったのだろう。あまりに王道過ぎたからだろうか。違う、と思う。


最初に副題の分解から始めた理由がここで、上に書いた部分をちょっと変えてみる。

「主人公が木更津ゴール裏参加をきっかけに社会性を獲得する」
もとはこうだ。
「ムー子が木更津ゴール裏参加をきっかけに社会性を獲得する」
やっぱり、違うよね。

ぼくは、やっぱり『サポルト!』のストーリーを動かすエンジンがムー子の成長だとしても、その燃料は『女子サポ』だったと思うわけ。だって、『サポルト!』が想定していた読者層はやっぱり現実の(男性)サポーターだったと思うから。
しかし、そこに落とし穴があった。現実のサポーター層は、既に自分たちの『マイクラブ』での悲喜劇(ドラマ)を経験している。リアルな世界で彼らは『サポルト!』に描かれている悲喜劇(ドラマ)の登場人物なのだ。敢えてマンガで読むことでもない。『キャプテン翼』を読んで「サッカー選手になりたい!」と思うひとはいても、『サポルト!』を読んで「サポーターになりたい!」と思うひとは、おそらくいない。サポーターはなろうと思ってなるモンじゃなくて、気づいたらなっている。====ThisIsTheErrorMessege====そして、なったら自分がドラマの登場人物になっている。『サポルト!』に対して「つまんない」という評価が出る理由は、たぶんここだと思うんだ。リアルなドラマ体験の方が面白いに決まっている。
一方、男性のサポーターがリアルでどうがんばっても手に入らないのが『女子』というポジション。そこに『サポルト!』が入る余地が出来る。『サポルト!』を商業的に成り立たせるには、不本意だとは思うけれど、えげつなくても『女子』を売りにするしかなかったんじゃないかという気がするんだ。燃料に向いたエンジンにする、そうすればもっと走れた、というか。


さて、上に書いたように『サポルト!』を「ムー子が木更津ゴール裏参加をきっかけに社会性を獲得する」物語として読むと、クライマックスは第13節。木更津ゴール裏にメンバー交代が起きて、コールリーダーになってしまう風夏。それを告げられた時の、ムー子の発言。

「でもなんで…連絡無視したの…ずっと…さみしかったんだからっ…」

読んだ時は「ちょっと待って」と思った。「木更津ゴール裏」という大勢が参加するコミュニティで中心人物にさせられちゃった風夏。「あたしらも変わっていかなきゃな」と、コミュニティとの関わり方の変化を覚悟している風夏に対して、ムー子は『自分のこと』を語っている。でも、ここで風夏に「ありがとうな、また来てくれて」と言われ、自分自身と木更津FCの関係が「お客さん」ではないことをはっきりと意識する。確信を持って、自分を「コミュニティの一員」と自覚し、風夏のサポートにまわる。試合がスコアレス・ドローで終わった後の

「だいじょうぶ、きっとわたしたちは、木更津ゴール裏は、立ち直れる!」

は、すでに「お客さん」の言葉ではない。ムー子はしっかりとした社会性を獲得した。ここで、『サポルト!』の物語のエンジンは燃焼を終える。====ThisIsTheErrorMessege====

ムー子はこれで解決した。問題はあゆみだ。観戦禁止を告げた父親をどう説得するか。残念ながらここの描写が実に薄い。あゆみ父が娘を観戦禁止にした理由は、安全確保がなされないこと、安全確保がなされないイギリスのスタジアムと同じだという認識を持ったこと、サポーターを「自分たちの身勝手な正義に他人を巻き込む」連中と定義したこと。それに対して「サポ(おれら)の本気、見せてやりますよ」と見栄を切ったノブが取った行動は、対立していた(そして今回もトラブルになった)旧団体の作ったビッグフラッグ(を加工したもの)を掲示すること。何が「本気」だ。これで何が解決するんだ。これだってサポーターの「自分たちの身勝手な正義」じゃないか。あゆみが負傷した原因の除去にもなっていないし再発防止策も提示していない。高田先生も、あゆみ父の「これが、サポーターか」の後を読者の想像にまかせているので、もしかしたら続けて「君たちはぼくが言ったことを何も理解してないんだね」と言ってあゆみを連れ帰ったのかもしれない。まあ、そんなことはないと思うが……。

と、あゆみ観戦禁止問題はなあなあで解決になっちゃって、ムー子の成長もケリがついて。まあ、なんとか無事に破綻なく終わらせたな……という気がする。出来れば、なんとか4巻までもたせて木更津ホームの千葉ダービーはやってほしかったんだけどね。
やっぱり、「幕張3人娘」をセクション2だけで終わらせちゃったのは惜しい。話は戻るけど、セクション4(第3巻)で、クラブとの関わり方を悩むムー子はなんで幕張SCサポの友達・いおりんを頼らないんだろう……と思った。LINEと思われるもので交流してるんだから、相談してもいいと思うんだけどね。


さて、ここで想像してみよう。『サポルト!』第2部、待っています!と書いている方が多いけれど、どういう話になる?どういう話にしたい?

では、鋳造の希望。

抗争事件から数年後。木更津ゴール裏は臨時運用(苦笑)も終え、風夏がコールリーダーをすることもなくなった。ムー子は当初の希望通り、東京で女子大生をしている。風夏は転居して木更津にはいない。木更津ゴール裏でバモっているのはあゆみだけ。====ThisIsTheErrorMessege====千春は卒業後に社会人クラブで活動し、遅咲きで才能が開花。よりによって幕張の選手になる。1部に昇格した幕張と2部の木更津の天皇杯。千葉の街で偶然あゆみに会ったムー子は、久しぶりの「木更津ゴール裏」へ。そこにふらっと風夏が戻ってくる。バラバラになっていた“バリサントリオ”のそれぞれが過ごした時間とそれぞれのドラマが、木更津ゴール裏をきっかけに語られ出す……。

こんな感じで、どうよ。

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