cyic.co.uk 吉田鋳造総合研究所
鋳造所長雑文録
2016/03/27◆岐阜隊の話でもしようか
▲home ▲index

開幕戦 群馬 4-0 岐阜

群馬をナメてたわけではないと思うが、現地組からは「あの群馬に4失点だぞ?」みたいな失礼な意見も出ていた。しかし、一部には“その先”を見据えたかのような『悲鳴』もあった。「これでは戦えない」。地のコンディション不良、エヴァンドロの使えなさっぷり、CB田森の不安定。基本的には、キャンプや練習試合で選手の資質やそれにあった組み合わせのブラッシュアップを終えてシーズンに臨むものだと考えているので、この「チームの『出来てなさ』」は相当に危機的状況だろうというのは想像がついた。中には、この1試合で『ソウルジェムが穢れ切った』====ThisIsTheErrorMessege====とまで書くサポもいたのだ。
「まだ42分の1じゃないか」という意見に対して、「42分の1じゃない、“2年と”42分の1だ」という反論は正鵠を射ている。今季から監督が変わったわけじゃないのだから。

第2戦 岐阜 0-4 札幌

そして、ぼくもその危機的状況を目の当たりにすることになる。まず、左SBの岡根というのがまったく想定外。メンバー知った時は「3バックだな」と思ったもん。本人、試合中にパニック起こしてたように見えたもんね。前半4失点でそのままで済んでウチにも多少の反撃の機会があったのは、実は札幌も守備にかなりの不安があるっぽいことと、スコアと展開を踏まえて無理して得失点差を稼ぎに来なかったから。決して、ウチが修正した結果ではない。

さあ、どうする。ぼくは群馬戦惨敗を知った時に開幕5連敗くらいしたらフロントも考えるかもしれないくらいに思っていたけど、これは放置すればかなり酷いことになる。ギラQ戦にも負けたら、そこで手を打つかもしれないし、手を打たなければならないかもしれない。それくらい、何も出来上がっていなかった。

第3戦 岐阜 1-0 北九州

配布した『岐大通』の原稿もかなり悲痛なものだった。婉曲的表現ながら「クラブも“本人”も決断しろ」と書いているような原稿もあった。入場者数は3千人台。そりゃ、ホーム開幕戦でアレを見せられたら、ね。お客さんは正直です。マズいラーメン屋にわざわざ喰いに行く人間はそうはいない。メインスタンドからの光景は「ああ、JFL時代が戻ってきたな」と思ったくらいの空きっぷりだった。
ところがどっこい、どうしたことだ。システムを4-1-3-2にして田森をアンカーで使ってみたら、あ〜ら不思議。守備がモノの見事に機能している。ただシステムを変えただけではなく、誰がどこで行ったらカバーはどこでフォローするとかといった“チーム戦術の基礎”がそこにはキチンと表現されていた。対戦相手・ギラQの池元が不調だったとはいえ、これはスコアレスで勝ち点獲れるかも?と思ってたところに右から鮮やかなカウンターが入って終了間際の勝ち越しゴール。守備のキーマンが田森なら攻撃のキーマンは途中交代のパウロ。『神出鬼没』というより『挙動不審』と言った方が適切(笑)かもしれない動きは強い印象を与えた。

正直にカムアウトします。試合前は「ギラQ戦で負けた方がチームの方向性は定まるんじゃないか」とまで思ってた。でも、ぼくの周囲のメイン族は、勝利に喜びつつも『愛媛戦次第』で見解は一致していた。この1週間の“変わりっぷり”がパラダイムシフトなのか、ただの確変なのか。「1試合だけ素晴らしいパフォーマンスを見せるも、すぐにリセットされる」光景を何度も観ているからね。

第4戦 愛媛 0-3 岐阜

現地組の興奮がわかるよ。これまで8年、1ゴールすら挙げられなかった鬼門・砥部陸。この試合でもレオミのループがバー直撃したりシュートを“G線上のクリア”されたりだったけど、ついに若武者・瀧谷がこじ開けた。「結界が破られた!」最近流行のバトル・ファンタジー系マンガに出てきそうなセリフがtwitterのTimeLine上に溢れた。後半にはコーヤも決め、仕上げはレオミのカウンター。これまでの鬱憤の何割かは晴れたんじゃないか。
同じ日、ぼくは麻溝で相模原vs本牧を観ていたのだけど、本牧・樋口監督の「守備はこうして作るものだ」サッカーに感動で打ち震えていた。個々の選手のポテンシャルで相模原と本牧で若干の差があるのは、これはもうクラブの方向性が違うのだから仕方がない。その中で、「この選手たちでもこう守らせれば持ちこたえられるし逆襲も出来る」というサッカーを樋口監督はキチンと選手たちに植え付けていた。結果、終了間際にFKからヘッドで決勝点を挙げ本牧がしてやったりの勝利。前節で吹田U23をゼロ封したのは伊達じゃない。文章にすれば当たり前のことになるのだが「守備を作れる監督なら、守備は作れるもの」なのだ。
帰宅して愛媛戦の録画を視て、ぼくは確信に至った。その確信を、自分の目で確かめるために、長良川へ。

第5戦 岐阜 1-0 水戸

現時点で『アニ×サカ』企画が発表になってるのは岐阜vs水戸だけ。というわけでもあるのか、いつも以上の盛り上がり。普段は『岐大通』を配り終えたら試合開始案で近所の喫茶店でサイト作業とかをやってるんだけど、この日は残ることに。
昼飯もスタグルでバッチリ。「ちょっと高いけど超おすすめ」と言われている『台湾まぜそば』をいただくと、うわっ!これは旨いし量もある。「でも“追い飯”欲しいよねえ」と観戦仲間と意見の統一。油や具材が残った器にコメ入れてビビンパにしたら最高じゃん……と話をしていると、滋賀サポの生きる伝説・通称『太鼓師』が「岐阜グランドホテル・カレー」を買ってきて、コメの一部をまぜそばの器に移して喰い始めたではないか。やっぱりアタマは使うためにあるね。『神の一手』が繰り出された瞬間に立ち会えて嬉しいよ(笑)。
で、これは岐阜隊に提案しようと思うのだけど、今季は「JAぎふサンクスマッチ」ってまだだったよね?屋台村で「炊いたコメ」だけ売るってのはどうだろう?『こもり牛肉丼』にしてもいいし、『ベーコン&串焼肉ミックス丼』にしてもいいし、『まぜそば』の“追い飯”にしてもいい。需要あると思うんだけどな。

『ヴィーゼル空挺戦闘車』====ThisIsTheErrorMessege====なるもののモデル戦車の実走パフォーマンスとか、それを前にして加茂農林高校の制服を着た“ねねころ”も一緒に岐阜サポ水戸サポのゲーフラ大掲出大会とか、試合開始前にお腹いっぱい。何が目的で来ているのかわからなくなってくる(笑)。で、その手のイベントが全部終わってからノコノコとやってくる東海帝王ジュニア氏は信頼と安定の“集中砲火”。愛されキャラだよなあ(笑)。

で、試合。もう、これは『間違いない』と言っちゃっていいよ。いいと思う。第2節の惨敗をきっかけに、チーム戦術のコーディネーターはメグさんに移譲されたと考えていい。だって、2年間も手を付けられなかった監督が1週間でチームプレーの約束事を浸透させられるわけがないもん。出来るんなら2年前からやれってんだ。「1対1」を前提としていないポジショニングとカバーリングの守備戦術。友人が「田森のポジショニングを観てるだけでメシが2杯喰える」と言ってたけど、まったく同感。さらに、地がいないことでタイスケの動ける範囲が広くなって、ものすごくノビノビとサッカーをしている。
後半から相手がロングボール主体に変えてきたら、岐阜もコーヤを下げて岡根投入。岡根in→田代→阿部ちゃん→ツカサ→コーヤoutの見事な配置変更。3人の交代を終えてから田森がハムストリングあたりを傷めてしまって10人になったら、システムを5-3-1にしてきっちりブロックを作ってロングボールを全部弾き返す。高木パパも、GKやパントキックは敢えて1トップの難波さんのアタマを超えるボールを蹴り続けた。難波にポストして時間稼いでもサポートの攻撃陣が上がってくることなんてないのだし、このあたりの“割り切り”はさすがベテラン。
残り1分で水戸がオフサイド。しかし、これを試合終了の笛と勘違いした同志ノガーシュンはピッチに倒れこんでしまった。で、試合再開後、岐阜ゴール裏が『アイーダ』を歌いだした。大抵は「勝利が確信できた」時に歌うのだが、この時に「1-0で逃げ切れ!勝ち点3獲って来い!」というゴール裏からの選手への強い意志を感じたぼくは、コールリーダーの判断に感動した。実はこれ、試合後の宴会で「同志ノガーシュンが倒れこんだのを視て試合終了だと勘違いしたリーダーが『アイーダ』を切り始めてしまい、試合続行になったけど止めるに止められなくなっただけ」の“結果オーライ”と判明。どうしてくれるんだ同志ノガーシュン(笑)。俺の感動を返してくれ(笑)。

かくして、開幕2戦の連続大惨敗から一転。クリーンシートの3連勝でなんと勝ち越し、8位で3月を終えるというまさにコペルニクス的大転換。わけがわからないよ(キュゥべえ)。
とはいえ、推測の域は出ないけれど昨今の岐阜隊が非公開練習だらけなのも『コーディネーターが移譲されている』と考えれば納得が出来てしまう。クラブも大っぴらにしたくはないもんね(苦笑)。しかし、この3連勝を支えてきたと言っていい田森アンカーのシステムは彼のケガで見直しが必要になるだろう。サブにも入れていない秋葉は使えるのか。昨シーズンに唯一、勝手に行ってしまうヘニキのカバーリングというミッションをこなした翼くんにその役目がこなせるか。4月はいろいろ試されることになるだろう。

しかし、ホントにこんな気分で3月を〆られるとは思ってもみなかったよ。試合後の岐阜サポ&水戸サポ合同宴会がCである、ということで急遽帰宅してプリマハム土浦の旗を探し出して会場に持参して、皆さんの前で「水戸というクラブの歴史」も交えてちょっと年寄りの昔話をさせてもらった。先達の苦労があっていまのクラブがあって、そのクラブを中心に水戸サポもぼくら岐阜サポも遊ばせてもらっている。そういう歴史をアタマの片隅にちょこっとだけ載せて、徹底的に遊び倒してほしい。そんな気がする。

▲top