cyic.co.uk 吉田鋳造総合研究所
鋳造所長雑文録
2009/10/03◆三ツ沢のこと、コザのこと。(前)
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SCENE:1
9月26日 那覇空港

空港からコザの陸上競技場に行くなら、那覇=名護の高速バスで沖縄南ICで降りればいい。バスターミナルまで行く必要はない。====ThisIsTheErrorMessege====空港の観光案内所で暇そうな女性職員に訊いたところ、「歩いても10分かからない」という話だった。でも、せっかく競技場の目の前まで行くバスがあるんだ。時間も十分にある。ということで、11:15発の名護行は見送って11:30発の具志川空港線に乗ることにした。
発車数分前にバス乗り場に並ぶ。すると、「JFLの試合に行かれるのですか?」と見知らぬ男性に声をかけられた。あれ、どこでバレたんだろ。確かに地域決勝@石垣島の記念Tシャツは着ているけど、そんなに目立つデザインでもないし、あの時に石垣島にいた人でないと、「これ」が「あれ」だというのはわからないはずだ。

「はい」
「どちらかのファンの方で」
「いえ、いろいろ観て歩いてるので」

「岐阜を応援されてませんか?」

0.5度ほど体温が下がった。もしかして、この展開は………。
「はあ……」

「もしかして、吉田さんですか?」

Oh、なんてこったぁい(笑)。

結局、11:30発の具志川空港線の乗客はぼくらだけ。那覇バスターミナルでも誰も乗って来ず、「横浜FCとYSCCのサポだ」という彼と車内でずーっとサッカーの話を続けることになった。


SCENE:2
9月20日 ニッパツ三ツ沢球技場

三島でピッチ原理主義に相応しい行動をとったぼくと『無料試合のS』君の両名。横浜駅西口地下街でサンマーメン====ThisIsTheErrorMessege====を食べてから、バスで三ツ沢に向かった。臨時バスも出るんだぁ…と感心しながらの乗車。意外だったのは、あくまで『臨時』バスだということ。途中の停留所にも停まるのね。地元の方も何名か乗車していた。
三ツ沢に来るのは、何年ぶりだろう。新横隊がJFL『準加盟』====ThisIsTheErrorMessege====だった頃じゃないかな。暗いこともあって球技場の“勝手”がわからず、アウェー側入口にたどり着くのにS君とぼくは結局スタジアムを一周するハメになってしまった。うぐぅ、「アウェーの洗礼」恐るべし。
J2・横浜FC×東京ヴェルディ。ヴェルディサポはホーム新横隊の選手紹介で根占やカズが登場すると拍手で迎えていた。さてさて、新横サポは高木監督の紹介の時にはどのように迎えてたのかしらん。上記のごとく、その頃はスタジアムの周囲を歩いてたので聴けなかったのだ。もっとも、大黒についてはどのように迎えたかはだいたい想像がつくのだけどね(苦笑)。

試合。新横隊は、個々の能力はJ2のいまの順位に相応しいものではないのだけれど、S君が『新横仕様』というパスやクロスの精度のなさ。それでも、ヴェルディのレアンドロが守備に忙殺されるくらい押し込むのには成功していた。左からの低いクロスにともきーがダイレクトで合わせて新横先制。すかさず稲城はサブに置いといた大黒を投入するが、これ以降のブーイングはもの凄かったねえ。特に大黒とGK大久保が半径2m以内に接近した時なんざ、とんでもなかったです。いや、気持ちはわかりますよ新横サポ。ウチも恭平が同じことやられたら末永く“お友達”になれると思うし。

帰りの新幹線もあったんで、試合終了と同時に会場を後にした。S君と三ッ沢上町まで歩きながら話をした。今年、ぼくは新横隊を長良川と福島あづまで観ているが、そのアウェー戦ではおそらく聴いていなかった『はず』の、「フリエ・コール」について。


SCENE:3
8月下旬某日 岐阜の自宅

mixiの友人を介して、『フリューゲルス再建基金管理委員会』(以下「再建基金」と表記します)の関係者とおっしゃる、A氏からメッセージをいただいた。「吉田鋳造には是非知っておいてほしい」とのこと。
なんでも、「再建基金」の活動は規約で10年と定められているのだそう。つまりは、フリューゲルス再建という目的を10年で果たす/果たせなかった場合は再建を断念するということ。その10年が訪れるので、規約に基づき基金活動を終了し、管理基金をどのように活用するかを議決するのだという。
でも、なんでフリューゲルスサポでもなく「再建基金」に資金を拠出もしていないぼくにその話が来たのか。A氏曰く「鋳造が当時激しく批判していたことは承知しています」。ああ、なるほど。かつてぼくがフリエ系掲示板で“公安”呼ばわりされたことを憶えていらっしゃったのですね。ぼく自身は整理出来ていたと思ってたのだけど、こうしたメッセージが来る以上はうまく整理したアウトプットが出来ていなかった、ということなのかもしれない。

ぼくのスタンスとして、フリューゲルス再建運動についてはまったく一度も批判的だったことはないと記憶している。ぼくが批判したのは、「自分達は正義の市民(みんな)なのだから許される」とばかりにいきなりJからの参加を前提に行動し、特例中の特例によるJFL『準加盟』1年目で優勝したことを再契機に「やっぱりJ2だ!J2に行こう手紙を書こう!」などと無謀な暴走に走りかけた、当時の横浜FCとその周囲の“一部の急進的な方々”に対して。ぼくの中では『フリューゲルスの再建』と『横浜FCの活動の“急進性”』は違うテーゼだったのだ。

実際のところ、「再建基金」が出した結論:基金を三ツ沢球技場の改修費用の一部に当てる====ThisIsTheErrorMessege====というアイディアは悪くない。というか、正確には「他に思い当たるフシがない」ってあたりだろうか。費用負担を明確にする/負担部分を可視的にするために「椅子」の費用にするというのは理解できる。椅子ではなくスタンドを支える柱部分の費用として、その柱に「この柱は横浜フリューゲルスの再建を願った人たちの『想い』として、“聖地”三ツ沢を支えています」とでも書かれたプレートを埋め込む……って案もあるな、とは思うけれど。都田のようにね。====ThisIsTheErrorMessege====

ただ、ね。どうしても、上に書いた「2つのテーゼ」の部分が、いまでもすっきりしない。新横サポの「フリエ・コール」の部分。


SCENE:4
9月26日 具志川空港線の車内

何の縁か、せっかく筋金入りの新横サポさんとお話出来る機会が生まれたのだ。どうしても訊きたかった質問をぶつけてみた。

「あくまで“フリューゲルスの再建”を臨んでいたひとたちにとって、『横浜FC』ってなんなんだろう?」

新横サポの「フリエ・コール」を、彼らはどう聴いているのか。内部抗争(仮称)でいなくなった市民(みんな)なみんなは、いまはどうしているのか。などなど。あらかじめ質問を準備していたわけではないので、“質問”というより“疑問の羅列”になってしまった。彼にはえらい迷惑だったことだろう。申し訳ない。
そんなぼくに対し、彼は自分の『想い』をキチンと話してくれた。感謝です。しかし、結局のところは「答えはひとの数だけある」ということなのだろう。いまの横浜FCを「フリューゲルスの継承者」だと思っている人もいるだろうし、「そうではない。フリューゲルスは終わったんだ」と去っていったひともいるだろうし、「フリューゲルスはマリノスと一つになったんだ」という人も少数派だとは思うがいるだろうし、もちろん『横浜フリューゲルス』など関係なく横浜FCのサポになったひとだって多いだろう。一般論で語ろう/理解しようという方が間違っているのだ。

バスは沖縄南ICで高速を降りた。「先にチェックインを済ます」という彼と別れて、ぼくは『沖縄市運動公園前』でバスを降りた。ずいぶん賑やかだなあ…と思ったら秋の高校野球県大会真っ盛りなのね。2時間半後にJFL公式戦が行われる陸上競技場は、まだ静かなものだった。

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