吉田鋳造総合研究所
鋳造所長雑文録
2008/01/05◆年末年始に出会った3冊の本
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今年の正月は吉田家は喪中なもんで、年賀状の返事書きもなければ初詣もない。おまけに2日夜から2泊夜勤ってんで元日の夜遅くに岐阜に戻ってきて。で、2日はテレビで中継している箱根駅伝を視なければ、普通の夜勤前の昼間となぁーんも変わらない。しかも、三が日のP屋なんて出ないに決まっているので行く気にもならず、となるとマジでホントにやることがない。そんな時のためにとA4XP====ThisIsTheErrorMessege====を買っておいたんだけど、なぜか安装する気も起きないし。
んで、夜勤が明けた4日はまずは速攻で帰宅して仮眠、それから土岐プレミアムアウトレットでバーゲンやってるってんで行ってみる……途中でP屋に立ち寄って敗北。もしかしたら鋳造はサルより学習能力がないかもしれん。おかげで土岐着が3時半になってしまった。
1時間半かけて、シャツ3枚靴下4足スニーカー1足トレーナー1枚。いやいや、意外と年寄りにも優しい店揃えだしデブにも優しい品揃えだった。だいたいが家族連れだったり夫婦だったり恋人同士だったりでヤロー単独行動をほとんど見かけなかったのは寂しかったけど、それでも想定予算内でいろいろ買えたのはよかった。次のバーゲンフェアも考えておこう。

さて、年末年始には本を3冊読んだので、その感想など。


『実況席のサッカー論』山本浩・倉敷保雄(出版芸術社)

「“のびのび”讃岐うどん」の際に読了。ぼくは2種類の感想を持った。『第1章・サッカーを語るということ』『第2章・サッカーを語る言葉』と『第3章・「私たち」「僕たち」と日本のサッカー』で、受けた感想は全然違う。
前者は、現場の視点、そしてサッカーを伝えるためにどれだけの「目に見えない技術」が使われているかがわかって実にタメになる。逆に言うと、ぼくらが視ていて「なんだかなあ」と思う中継には何が欠けているのかが見えてくる。某A局の某アナはこの本を常時カバンに入れておくべき、なんてね。ここまではすっごいときめきながら読んだ。
でも、後者になるとそのときめきは消失した。ここで語られているのは“サッカー文化論”なんだろうけど、瑞々しさが急速に失われていったように感じた。面白かったのは、倉敷側から提示される「これはこれこれこうなんじゃないか」という提議が山本側からことごとく否定されるところ、くらいかな。完全にコドモ扱いだもんね。


『駆けぬけた奇跡』斉藤一九馬(日刊スポーツ出版社)

年末の帰省の際に新幹線車中で一気に読了。品川を過ぎたあたりで読み終えたんだけど、正直に白状します。少々涙が出ました。
書かれているのは、強化から2年でJSL1部まで駆け上がり天皇杯決勝まで行った永大産業サッカー部の、まさにRise&Fallのドラマ。ひととひとがどう結びつき、どうぶつかり合い、目標に対してどう立ち向かい、どう満たされ、どう敗れ去ったのか。とっくに時効を迎えているだろうから書ける、昇格争いに際して永大GMから繰り出される手練手管の数々。
この斉藤一九馬という著者は「サッカーライター」ではなく、自身の“あとがき”によれば編集者なのだそうだが、ぼくは「やっぱモノ書きが書いたものは違うな」とさえ思った。情報が綺麗に整理されて物語の中に散らされ、食べる手を休めることも出来ずに一気にフルコースを喰いきってしまい気づいたら満腹もう動けねえ、って感じ。

ぼくは浅学につき、永大サッカー部の存在は知っていたけど山口県で活動していたことすら知らなかった。いまはどうなっているんだろう。GoogleMapで調べると、平生町に永大の工場はちゃんと残っていた。その隣には「永大グラウンド」もちゃんとある。

グラウンドがある?まさか。

次にすっ飛んで行ったのは山口県協会。県3部までの戦績表が載っている。しかし、永大サッカー部の名前はなかった。同書に載っている、永大が県リーグ時代に戦ったクラブの名はたくさん現存しているのに。やはり、もう活動していないのか。
しかし、念のためにと『永大産業 サッカー部』で再検索。すると、あった!
エンブレムも違う。ユニの色も違う。でも、平生町にあって、『FC EIDAI 1972』を名乗る、永大産業サッカー部。====ThisIsTheErrorMessege====山口県リーグの構成はわからないので、県3部より下の社会人リーグに参加しているかはわからない。天皇杯県予選にも、クラブ選手権予選にも、野上杯にも登録はない。それでも、永大サッカー部はちゃんと残っていた。「残っている」のだ。1972年創部なのだから。

読んで損することは、たぶんないと思う。少しでも社会人サッカーに興味を持った方なら。


『ナガサキスタンダード号外』

“地域リーグ”を逸脱したクオリティを保つ、Vファーレン長崎サポが作成配布するフリーペーパー『ナガサキスタンダード』の号外版。知人からの紹介で入手することが出来た。感謝します。

ぼくの手元に、07年の第15号、8月のNW北九州戦で配られた『ナガサキスタンダード』がある。ぼくも岐阜で“岐大通”====ThisIsTheErrorMessege====を作成する側になっていたので、こうしたファンペーパーには大変興味がある。印刷物としてのクオリティも、内容の濃さも、“岐大通”の完敗。でも、ぼくにはよくわからなかった部分がある。コンセプトだ。コア層を対象にしたと思われる表現や内容が散見されたのが意外だった。“地域リーグ”からJを目指すクラブで必要なのは「コア層を濃くするよりライトなリピーター層の拡大」だというのがぼくの考えだったから。

で、今回の『号外』。よくぞこれだけのものを作った。とんでもないクオリティだ。スポンサー広告とかがないところを視ると、クラブ本体は無関係なのかな。
ほぼ全編に亘って、選手やクラブやサポではなく岩本文昭監督をメインにした構成。ここまでサポに愛される監督も、そうはいないだろう。08年も彼が指揮するのかは、ぼくは知らない。ただ、もし違う人が監督をするのならクラブの内外でかなりのリセットが要るだろう。外部からの感想としては、それって“サッカークラブ”としてはあまり健康的な状況ではないのではないかとも思うのだけど、まあ「余計なお世話」だろうね。同様にこの『号外』誌だって、内容から判断すると、長崎サポ、それもかなりのコア層に向けて作られているものだろうから、対象外であるぼくは内容について論評する立場にない。
ただ、06年の地域決勝・岐阜戦についての部分は、わずかながらコメントする権利はあるような気もするんで書くけど、長崎に長崎側の主張があるように岐阜にも岐阜側の主張がある。おそらく両者の間には共通点も妥協点もないだろう。当然だ、だってぼくらは闘っていたんだから。
あの地域決勝を過ぎて、岐阜は今年Jにいる。長崎は九州リーグで戦う。そこには無罪も有罪もない。「正しい」も「間違っている」もない。それぞれが歩んだ道があるだけだ。

彼らはタイトルで訴えているのだろうか。「ライトもコアもない。この濃さが、この熱さが『ナガサキ』の『スタンダード』だ」と。ならば、長崎は九州リーグを、地域リーグ界をリードする存在でいられるだろう。もちろん、成績面でもリード出来るかは別の問題だし、長崎側からは「地域リーグ界をリードするのは今年限りだこのヤロウ」って反論が来るだろうね。さて、今年の地域決勝をVV長崎は通過できるか。

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