cyic.co.uk 吉田鋳造総合研究所
鋳造所長雑文録
2006/12/26◆WELCOME BACK, JFL.
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【注】2007/1/24に一部加筆(正確には減筆)修正しました。
「羽ヶ丘データスタジアム」管理人様に御礼申し上げます。


早起きは全然苦手じゃないし、というか平日と同じ時間に目覚めて通勤で使うバスの1本前のに乗って岐阜駅へ行ったに過ぎないのだが。メドウの最寄りバス停・長良西小学校経由の初便に乗ったのは、ぼくと高校生くらいの兄ちゃん3人組。おっ、気合い入ってるねえ同志!と誇らしく思ったら、彼らは西小前に着いても降りる気配なし。けっ。

メドウ着。ひとの気配なし。クラブスタッフもいねえ(笑)。朝はさすがに寒いので、呑むなら宮崎!と都城の芋焼酎を水割りにして暖を取っていたら、スタッフ氏登場してなかば呆れたような笑顔で「徹夜?」。するかそんなもん。とは言え、後で聞いた話では鶴さんが前夜10時に、“熊猫”氏も深夜1時に様子を見に来ていたらしい。
8時を過ぎると、G裏組が三々五々。「おっ、バカ3号が来た」とか言って冷やかしあう。みんな、楽しみにしていた遠足の朝を晴天で迎えた小学生のような表情をしている。いいねえ、この感じ。やがて、柏から常磐線初電に乗ってやって来たSun'sSon氏が合流。「寝たら無理だ」ってんで徹夜したのだそうだ。いたぞ徹夜組。(←意味は違うが)

10時になる頃からメインスタンド・ホーム側の行列が急激に長くなっていく。と、その頃からメイン前では別の行列も始まっていた。『ゴリサンド』販売開始。さっそくぼくも新しい行列に加わり、名残り惜しくも最後の販売となった『ゴリサンド』を食す。うまうま。もっとも、JFL昇格の暁には、来年は「ホームゲームのどこか1試合で『ゴリサンド』売ります!」“シークレットゴリサンド”をやればそれ目当てに毎試合来る客もいるかも、なんて提案もしたり。
11時の開門後、速やかにメインスタンドの席は埋まったが、バックやG裏はスカスカ。結局、バックのアウェー側は試合開始直前まで着席の余裕があったと思う。西濃組のネコさんも来た。いつものS君も、観戦ピッチ数が増えないのに来てくれた。関西L実行委員の京都紫光SD氏は、リーグの試合よりこっちを優先してやって来た。彼は、前回の入替戦では“落とされる側”にいた====ThisIsTheErrorMessege====のだ。「あの試合が、自分にとってもターニングポイントだった」と彼は言う。さまざまな悲喜劇が入替戦には詰まっている。1部=2部でも、3部=4部でも、おそらくはその下のカテゴリーでも、それは変わらない。
開始30分前。いつもと違う選手紹介。担当は、ずーっと岐阜隊を追いかけてきたCCNの市橋D。ところが、岐阜の選手が1人足りない。あれ?と調べれば、小峯サマを呼び忘れているではないか。市橋氏も大一番を前にかなりテンパっていたようで、読み忘れに気づかず選手紹介を締めてしまった。ぼくらメイン側から「コミネがいねえぞーっ!」と大声で叫んでようやく気づいたようで、読み直し。試合開始直前のG裏の“コミネコール”に小峯サマが両腕ガッツポーズで応えたのは「俺はピッチにいるぞ!」の意思表示だったのかも知れない。

試合開始。この試合、ロックがどう入ってくるかが個人的には注目点だった。残留に向けて4点差を埋める気なら、開始直後から攻撃モードで来る。そのままの勢いで得点を積み重ねられると“追う者の心理”でロックが激しく有利になるが、もし逆襲で岐阜が先制したらすべてが折れてしまうだろう。あるいは、4点差を考えずに「自分達のサッカーをやり通そう、どこまで出来るかやってみよう」という考え方で、第1戦と同じような入り方をしてくるか。
しかし、鋳造のアイドル池田====ThisIsTheErrorMessege====を先発させての3トップという段階で、前者なのは明らか。都農の第1戦と比べて明らかにロック選手の出足がよく、序盤は互角。右からクロスを何本か入れられるが、そのどれもがアーリークロスで、カウンターを喰らっている状態でなければ十分対処出来るものだった。すぐに放り込んできたところをみると、ロック側にも焦りがあったのだろうか。もっと深くえぐって真横からクロスを入れるシーンを作れれば脅威度は増しただろう。
かくして、前半24分に平岡のFKのクリアが甘くなったところを片桐がFWの仕事をキッチリこなして先制した段階で、昇降格の行方は決まった。試合の残りについては、語るところは特にない。片桐の追加点も、コジのダイレクトシュートのゴールも、譲り合いの末の伊藤哲也のPKも、小峯の退場も、終了間際の失点も、大勢には影響ない。試合終了の笛が鳴った瞬間、メドウは歓喜に包まれた。

監督・ゴリ若頭・北村キャプテンの挨拶、監督の胴上げ。グラウンド一周のセレモニーが始まる頃には、既にロックの旗だけ降ろされていた。選手達がG裏までたどり着くと、一緒に歓喜の爆発。メインの客がほとんど帰ったあと、CCNブースでは放送の締め。ぼくらの間では「ここで“コミネコール”やったらブラックだよなあ」なんて冗談も出る。

ホンダロックについて少しだけ触れておこう。残念ながら、明らかな「力不足」という現実を突きつけられた。第1戦の下木屋の退場は、入替戦の“展開”には大きく影響したけど、“結果”にはあまり影響しなかったようにも思える。しかし、第2戦で4点差を埋めるために攻撃的に来て、逆に失点を重ねながらも試合終了まで“折れなかった”ことは賞賛に値する。ただ、いまの九州リーグはロックがいた当時よりかなり熾烈だ。厳しいシーズンになるだろうけど、がんばってほしい。


夜はSULTANでのG裏祝勝会に混ぜていただく。開始早々に小峯サマが登場してびっくり。挨拶をお願いすると、まず「退場になってすんません」次に「試合開始前に市橋さんにやられました。忘れません」いやあ、いい奴だコミネ様。それからあなた、実はサイボーグでしょ。カラダのどこかにアルコール分解ユニットを装着してるでしょ。なんですかその酒量は(笑)。
その後も選手が続々登場。コジコジの来訪には、当然ながらじゃからん嬢はパニックスタート。遠藤のノリの良さもさることながら、死者に鞭打ち岩塩を塗りつけるかのごとく呑ませ続ける曽我部はまさに鬼畜の所業かと。

でも、ぼくが一番嬉しかったのは、最後にちょこっとだけど池元が顔を出してくれたことだ。その瞬間、全員から「いけもと〜、ぎふっ!」のコールが起きる。
はっきり言います。岐阜隊は後ろも真ん中も前もよくやりました。でも、あなたが来てくれなければ昇格はなかった。翌日の岐阜新聞のコメントを読むと、一度北九州に帰るつもりのように取れる。ローン契約だから当たり前だけど。ゴリ若頭と交替で下がるとき、スタッフが握手を求めてきたのを視て「ああ、北九州に戻るのだろうな」と思った。
もし来年は再び北九州でプレーするのなら、地域決勝で会えるようにがんばってほしい。今回の体験で“地域決勝”の魔力を知った岐阜サポは大勢いる。NW北九州が地域決勝に来たらその際は義勇軍に志願するっ!という連中も少なくないはずだ。もし、Jの舞台に活躍の場を求めるなら、スカパなどを視ながら応援するだろう。もし、岐阜以外のJFLのクラブに行くなら……相手チームの一員として岐阜に来た時は、選手紹介の際には拍手で迎えよう。そして試合中はブーイングを。====ThisIsTheErrorMessege====それがサポの礼儀。

あ、岐阜は野次&ブーイングはだめなんでしたね。でも、JFLに上がればいまのG裏以外にもサポ層は増える。違う考え方のグループだって現れるかもしれない。厄介ごとも増えていくだろう。もちろん、それ以上に「全国を相手に戦える」という“愉しさ”の増加がある。上のステップに行くというのは、そういうことだ。


早くから並んだこともあって、某メディアのインタビューを受けた。でも、ぼくが一番言いたかったことは見事にカットされてしまい、自身のプレゼン能力のなさを嘆くばかり。

ぼくが言いたかったのは、「岐阜がJFLに帰ってきたんじゃない。JFLが岐阜に帰ってきたんだ」ということ。西濃運輸が参戦していた、旧JFL時代。柏だって、桜花だって、神戸だって京都だって福岡だって大分だって札幌だって岐阜にやって来た。
9年が過ぎて、日本サッカー界は変わった。W杯だって3回も経験した。JFLは2部から3部になった。それでも、全国から強豪が岐阜にやって来る。都田の門番さんお久しぶりです。富山も黒部も熊本も来る。沖縄からも来るじゃないか。そしてぼくらは、ほぼ2週に一度のペースで彼らを迎え撃つ。勝った負けたを繰り返す。なんという至福。

だから、WELCOME BACK, JFL。

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