cyic.co.uk 吉田鋳造総合研究所
鋳造所長雑文録
2006/03/17◆鉄道マニアの血が騒ぐ
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3月18日、JRダイヤ改正。久しぶりに大きなサイズの時刻表を買ってきた。これまで客をなめるのもたいがいにせいという状況だった東海道新幹線・新大阪→名古屋の最終が延びるのは“改正”と言っていいかしらん。あとは“出雲”がなくなったりいろいろあるんだろうけど、東海地区に住んでいると東京発ブルートレインを利用する機会はまずないし。

まずない、という意味では関東私鉄のダイヤ改正も利用という意味ではあまり意味がない。しかし、三井と住友が一緒に銀行経営する時代だからなんでもありなんだろうけど、日光輸送で国鉄と東武が手を結ぶ時が来るとは。しかも、新宿発東武日光行特急の愛称が“日光”ってんだから、悪い冗談を視ているようにしか思えない。なんで南栗橋止まりの特急が“きりふり”なんだよ、“わたらせ”でもおこがましいくらいだ。なんて言ったら小田急では昔は町田止まりの“あしがら”なんてのもあったけどね。ところで、小田急といえばこれも悪い冗談としか思えなかった“サポート”っていつなくなったんだろ。


しかし、その小田急のダイヤ改正にはぼくに少なからずインパクトのある仕掛けがあった。厳密に言えば小田急のダイヤ改正ではないのだけれど、箱根登山の小田原=箱根湯本が終日小田急車の運用になるのだという。これは一大事だ。

ぼくの本籍地は登山電車の風祭のあたりにある。こどもの頃は、正月2日はクルマの中で駅伝のラジオ中継====ThisIsTheErrorMessege====を訊きながら親戚の家をハシゴしてお年玉の回収に勤しみ、3日朝に小田原中継所で6区→7区の襷つなぎを視てから帰る、というのが基本行動だった。お年玉回収がひと通り済んでしまうとやることがない。そんな時は登山電車の線路近くまでやって来て、通り過ぎる電車に向かって手を振っていた。ガキなんてそんなもんだ。当時の小田急普通車は紺と山吹色のツートーンで、だから白に青帯の電車がやって来たのを視たときは心底驚いたものだ。

そんな少年時代を過ごしたものだから、風祭と登山電車というのはぼくにとって重要なテーゼであり、これが見納めになるというのならなんとしても行かねばならぬ。土曜日は運のいいことに未観戦地・敷島陸上で草津×柏なんて試合もあり、好都合に裏ドラが載ったようなものではないか。


土曜日。全日空のマイル叩き切りで常滑→成田を飛んで、空港第2ビル駅でホリデーパスを買った。快速電車でそのまま東京へ。成田駅で、成田線の濃緑の103に『チャン』な人たちが数人群がっていた。実は深い鉄道マニアでもある“無料試合のS”氏に訊くと、常磐線の103も余命わずかなんだとか。そんな時代なんですなあ。
錦糸町で乗り換えて秋葉原で例のうどんを食べ、赤羽から特急“草津”に乗った。意地でも新幹線の大宮=熊谷は未乗のまま残してやる。圧倒的に安いしね。観光特急だけあって、指定席の方が混んでいる。大宮から柏サポのSun'sSon氏が合流して新前橋まで。高崎線沿線にも『チャン』な方が数名カメラを並べていた。
群馬総社から競技場までは定額タクシー====ThisIsTheErrorMessege====を使う。小型なら900円。人数が揃えばこのルートは使える。会場に着いたのは試合開始30分前くらいで、すでに“S”氏は中で待っていた。

試合自体は柏が予想通り草津をすみざりーん。コスモ時代を知る身としてはリベロ鳥居塚ってのは怖いモノ見たさで愉しみだったのだけど、故障ということで残念。しかしねえ、草津はDFのテコ入れは急務でしょう。地域決勝の頃から放置されてる「籾谷のところはつつけばそのうち破れる」という草津の秘孔は既に秘孔ではなく共通認識なのかもしれない。そんなわけで予定調和の1時間モノ時代劇を視るようなすみざりーんだったのだけど、うまく表現できないのだが柏サポの醸す雰囲気には小さな疑問が残った。「自分たちがいま2部にいる」という緊迫感に欠けているような気がしたのだが、それはアウェーだったからだろうか。ところで、タジ====ThisIsTheErrorMessege====ってまだ足速いのね。

試合が終わって再び定額タクシーで群馬総社へ。宇都宮に帰るS氏とは新前橋で別れ、ぼくとSun'sSon氏は高崎からグリーン車で祝宴会。大宮でも2次会。磐田に快勝した赤軍派さんを何人も見かけた。
2次会を終えて、今夜の宿は本厚木。大宮から本厚木なら湘南新宿線で新宿乗り換え小田急がまともなルートだけれど、なにせこっちはホリデーパス所有者。リーズナボーに動くなら茅ヶ崎から相模線まわりだ。窓から見える午後10時過ぎの新宿東口は「夜はまだまだこれから」って感じで、東京生まれ東京育ちながら離れてからの方が長くなった身には違和感しか感じない。茅ヶ崎午後11時前の相模線が5両編成にもかかわらず立ち客がいるというのにも驚いた。箱根の親類の家にクルマで行っていた頃はキハなんとかいうディーゼルカーが2両編成くらいで畑の中をのんびりげろげろ走っていたのだ。


日曜日。呑みと疲れで出発が遅れる。なもんで本厚木から小田原まで特急を使おうかとも思ったけれど特急料金500円ですと言われたじろぐ。箱根湯本急行で風祭まで。ホームの長さが足りないので、非常用コックを使って手動で扉を開けるという力業がこれから初電から終電まで行われるのか。おそるべし。
風祭駅を正面から引っ張って撮れるポジションには既に『チャン』な方が数名いた。ぼくの乗ってきた電車の次が登山車の運用で、しかも旧型の電車が来る。いやいや、来て良かった。やはり風祭にはこの旧いタイプの電車が似合う。
目的は果たしたので、彼岸にはちょっと早いけど墓参りなんぞをしてから小田原に戻り、せっかくなんで浜松で乗り換えてホームでうまい駅そばを食べて帰ってきた。

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