cyic.co.uk 吉田鋳造総合研究所
鋳造所長雑文録
2003/06/28◆全国社会人大会としてのコンフェデ杯
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ぼくの勤め先は病院なので、フォエ選手の死はサッカーなんて日本代表の試合でも視るかどうかというひとの間でも話題になった。彼はManchesterCity所属。国際分室で書いた波瀾万丈の欧州旅行に波乱がなければぼくも彼のプレーを見ていたことになる。実際、Cityの試合で彼の活躍を観てきた手配師たろう君のショックは相当なもののはずだ。彼によるとMaindRoad周辺には数多くの花束が寄せられているそうだ。
昨夜に彼と電話でしゃべっていて、いろいろ出てきた。とりあえずコンフェデ杯決勝は行われるらしい。カメルーンはやる気になっている。ホントかな。もしカメルーンが「降りる」と宣言したら対戦国フランスも降りただろう。そして大会は優勝国なしで終了し、ブラッターはかなりの窮地に追い込まれることだろう。ISLの破綻でとにかくカネを稼ぎたいFIFAそしてブラッターとしては、今後に残るような汚点は極力排除しておきたい、ってところじゃないかな。


FIFAは次の大会をMarkVivianFoeMemorialみたいな呼称にする方向で検討を始めたそうだ。要するにコンフェデ杯そのものをやめるつもりは微塵もないらしい。
コンフェデ杯の存在そのものに意義がないとはぼくも思わない。2001年コンフェデ杯が行われていなかったら、あの時に新潟で起きた輸送の大混乱はすべてW杯本番で起きていたことになる。想像するだに恐ろしい。W杯シミュレーションとしてのコンフェデ杯。これ、実は全国社会人大会と似ている。
毎年秋に行われている全国社会人サッカー選手権大会は、その翌年に開かれる国民体育大会の運営チェックを兼ねたリハーサル大会だ。サッカー以外にもいろいろな競技のプレ大会が開催されていて、運営に携わるスタッフやボランティアの皆さんはこの時の経験を生かして国体に臨むというわけ。
コンフェデ杯をそのように機能させることによるメリットはかなり大きい。実際、2005年のコンフェデ杯はドイツが招致している。でも、2003年のコンフェデ杯は本当に必要だったのだろうか。「来年は各大陸の選手権があるし、その翌年はW杯の予選があるし、その翌年にはもう次のW杯がやって来る!だから今年はお休みの年にしよう」でよかったんじゃないのかな。
でも、と思い返して2001年コンフェデ杯の結果などを見返してみると、この時も1日おきの強行軍====ThisIsTheErrorMessege====で試合が行われていた。暑さに関してはフランスに負けないと胸を張って言える日本の6月で中1日の強行軍。でも、ぼくらの中にコンフェデ杯運営に関しての危機感ってあっただろうか?日本の快進撃に浮かれてなかった?ぼくらは目の前に具体的に危機が提示されないと気づかないのだ。

整理してみよう。まず、コンフェデ杯の日程について。サッカーシーズンの谷間に開催となると夏にしか出来ないわけだから、やはり中1日は無謀でしょう。全国社会人は決勝まで行けば5連戦になってしまうけど、秋に開催されるのだからまだなんとかなっている………コンフェデ杯は南半球でやればいいのか!でも、そうしたらW杯リハーサルの意味がなくなってしまう場合も多いしなあ。もう一つは開催間隔。2年に1度やる大会じゃないでしょう。W杯前年で十分。


PremiershipからWimbledonが降格した際、テリー・バートン監督はインタビューでこう答えていた。「ひとが失敗した時にやるべきことは3つ。それを認め、そこから学び、2度と繰り返さないこと。」これからもサッカーは続いていく。フォエ選手の死をどこまで教訓に出来るか。

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