吉田鋳造総合研究所
鋳造所長雑文録
2003/02/02◆君が10年前の君じゃないように
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井原が辞めて福田が辞めてキーちゃんが辞めた。ドーハから10年。10年って、長いのかな。短いのかな。


昨日は、とある女性と呑みに行った。ぼくが10年前に大病を患った話はどこかに書いたかもしれないけど、その時によく病室に見舞いに来てくれたひとだ。退院してから1度か2度か呑みにもいったしデートもしたかもしれない。でも、立ち寄った喫茶店で、彼女は「吉田さん、何か勘違いしてない?」ときっぱりと言った。はい、思いっきり勘違いしてました。ごめんなさい。彼女はそれから1年かそこらで結婚を決めてサクサク会社を辞めていった。一度、年賀状が来たかも知れない。
そんな彼女から突然メールが飛んできた。昔の手紙を整理してたらぼくからのが出てきたとかで、ネットで「吉田鋳造」で検索かけてこのサイトを見つけたのだそう。久しぶりに呑まない?という話になった。ちなみに呑みに誘ってきたのは向こうの方だ。

待ち合わせ場所にやって来た彼女は、もともとがかなりの童顔なせいもあるが、とても30代には見えなかった。メールには「当時と比べてものすごーく太った」なんて書いてあって少々戦慄をおぼえていたのだけど、全然体型は変わってないように見えた。それでも本人は「そんなことないって!」と笑い飛ばしていた。
恥ずかしながら、女性とサシで呑む機会はほとんどないので気の利いた店は2軒しか知らない。で、最初に行った店は改築されてまったく違う店になっていた。というわけで、なんかいつもここだなあという2軒目の店に入った。

彼女にはこどもが3人いる。ちょっと聴いただけでは幸せな家庭という感じにも思えるが、それでもいまの生活には満足できていないらしい。お約束の「姑さんとの事情」やらもあるだろうし他にも家庭の事情があるみたいだし、もともとが知的刺激の中で生きてきた女性なので、家庭べったりという生活と自分自身がうまくリンク出来ていない。でもぼくからしたら、もう結婚して8年経ってて、んでそれかい?という気にはなる。
彼女はしきりに「戻りたい」という言葉を口にした。そのたびに、ぼくの心は複雑に………はならなかったことをここで正直に告白しておく。もちろん、10年前には口説こうとしていた女性なのだから嫌いなはずがない。彼女のことはいまでも好きだ。彼女がぼくを呑みに誘った理由が、ぼくにはなんとなく理解できていた。彼女が求めている言葉もわかっていた。でも、ぼくはその言葉を出すことはなかった。彼女が10年前の彼女じゃないように、ぼくだって10年前のぼくじゃない。細胞は日々入れ替わっていくのだ。

でも、彼女の聡明さは10年前と同じだった。もちろん、ぼくにも10年前と同じところがある。彼女を知るもっと前のことだが、この同じ店で、ぼくは別の女性と呑んでいた。Aさんとしておこう、あながち間違いではない。Aさんも聡明な女性だった。そのAさんと呑んだ時の言葉はいまでもぼくの心の中にしっかりと残っていて、それはどんな消去ソフトでも消し去ることが出来ない。物理的に刻み込まれているかのように。


「吉田さんは、女の子を好きになるのに向いてない」


そうかあ、向いてないのかあ。じゃあ、しょうがないなあ。Aさんが結婚する直前にもう一度2人で呑みに行った。その時に確認してみたけど、Aさんの答は同じだった。「うん、やっぱり吉田さんは向いてないと思う」

以来、何人かの女性を好きになった。そしてみんな「吉田さん、勘違いしてない?」と言い残して去っていった。サルだってこれだけ経験を積めば学習する。向いてないのなら、その方向を目指さなければいいだけの話だ。クリスマスの雑文でも書いた通り、ぼくは孤独感のない孤独を作り出す方法を手に入れ、それからはある意味で自己中心的な世界観を作り上げ、それはこの10年間で限界近くまで磨き上げられているようなところまで来てしまっている。


ぼくらは終電近くまで呑み、何もなく別れた。今日は日曜日、彼女はいつものように起きて洗濯をして、旦那と3人のこどものために朝食の用意を始めるだろう。ぼくは勢いでバーボンのロックをダブルでカンカンあおった後遺症で、朝風呂を浴びてもまだ布団から出られずにいる。10年って、長いのかな。短いのかな。

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