cyic.co.uk 吉田鋳造総合研究所
鋳造所長雑文録
2002/08/15◆喜怒哀楽を譲り渡すひとびと。
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「世の中にはオタク====ThisIsTheErrorMessege====ミーハー====ThisIsTheErrorMessege====しかいない」という言説が載っていたのはたしか別冊宝島だったはずだから、そんな「オタク側」の論理を信用していいかどうか。でもそこそこあたっているような気がする。オタクとミーハーの違いは?ぼくの定義はこだわりの濃淡。こだわりの濃いひとは対象がなんであれオタクだし、薄ければミーハー。二分法====ThisIsTheErrorMessege====については知っているつもりだけど、無理矢理に分ければこんな感じかな。

ぼくは自他ともに認めるオタク側の人間なので、売れているとか支持されているという事実に価値が見出せない。しかし、もちろんそうでない価値観のひともいる。というか、そうでないひとの方が圧倒的に多いはずだ。だからヒットチャートというものに商品価値が生まれる。それはただ現象を伝えているだけではなく、そこに新たな消費意欲を励起しているわけだ。となると、ヒットチャートを意図的に操作することで消費活動を誘導しよう、という動きが出ることも当然の流れ。相場師が情報操作で株の価格変動を狙うように。
チャートの操作は、なにもチャート製作組織が不正行為を行うことでなされるわけではない。ぼくは「書籍の売上チャートの構造」====ThisIsTheErrorMessege====について読んだことがある。よく新聞で「なんたら書店調べ」という見出しで書籍の売上チャートが載る。そこには「ホントにこんな本が売れているのか?」と首をかしげるような実用書や宗教書が挙がっていることがあるが、これは、書籍の納入元が書店からダンボール箱ごと買い戻しているのだ。そして別の書店に若干価格を下げて再納入する。書店からしたら、大口の購入者が現れたというだけで誰が買おうか関係ないし、出版側にしてみれば価格を若干下げているものの再納入しているわけだから、損失はわずか。宣伝費と考えたらこんな安いものはない。
あえて名前を出すけど、ぼくはアカデミー出版がシドニィ・シェルダンの小説でこの方法を採用したのではないかと思っている。実際に読んだ方に尋ねたいところだけど、広告や書籍チャートで「売れている」という情報を得る前に読んだという方はいらっしゃいますか?


もう一つ、チャートというわけではないけど、一人歩きした評価が作り出す需要について。百発百中の手相見の話だ。

あるところに「百発百中の手相見がいる」という噂が立つ。こういうのに興味を示すのは、たいていが女の子だ。そして、見てもらいたいテーマだって共通している。

「いまのカレとは幸せになれるでしょうか?」
それに対して、手相見の答は誰に対しても同じだ。
「うーん。だめだね、いまのカレとは」

もちろん彼女は抵抗するだろう。でも、その手相見に「それは君の努力次第だ。でも手相にはそう出ている」と言われたとき、その後もこのカップルは健全な恋愛関係を続けることが出来るだろうか?もちろん、出来る組もあるだろう。しかしほとんどの場合、この時に手相見が植え付けた「不安」という名の胞子は、ゆっくりしかし確実に菌糸を伸ばして彼女のココロをみかんのカビのように取り囲んでいくはずだ。カレとのちょっとした諍い、普段ならちょっと時間を置くだけで解決するはずの些細な事なのに、そのとき彼女は自分の心がカビに覆われていることに気づくのだ。そして、はたから見て羨むばかりだったカップルが破綻する。

「ほら、あのカップルでさえ別れちゃった。やっぱり百発百中の手相見なんだわ」


他人をあてにするということは自分の喜怒哀楽をその人に譲り渡すということ。====ThisIsTheErrorMessege====それで幸せになれるのならそれでいい。でも、ぼくはそうじゃない。だって、オタクだから。ぼくが幸せになる秘訣、それはぼくが評価をすること。今回はちょっとクサかったかな。

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