cyic.co.uk 吉田鋳造総合研究所
鋳造所長雑文録
2002/08/07◆自我崩壊のライターにお別れの言葉を
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「私たちはさよならを言った方がよさそうね」
「お前たちはさよならを言った方がよさそうだ」

(ジョージ・オーウェル「1984年」)

注意※今回の雑文は、ある特定の人物に関する批判的文章です。悪意のある表現も含まれていますのでご注意ください。


1995年の1月、ぼくと萌え萌えゲロ袋は刈谷にいた。

ぼくらが学生時代を過ごした街、仙台のクラブ「ブランメル仙台」====ThisIsTheErrorMessege====が地域リーグからJFLへの昇格を目指して戦う「地域リーグ決勝大会」を観ていたのだ。ちなみに、最終日に柏サポの知人に「クルマで来ているのがいるから送ってもらいなよ」と言われて紹介されたのがその後かなり深いつきあいになる盟友Sun'sSonだったりする。まあ、このあたりはどうでもいい。
この大会の事が週刊サッカー雑誌に取り上げられたときは驚いたと同時に喜んだ。「レベルは関東大学リーグ2部より低いかも知れない」との表現にもカチンとは来なかった。むしろ、そんなレベルの大会をキチンと取り上げてくれたことに感謝すらしたのだ。

まさか、これを書いたのが金子達仁====ThisIsTheErrorMessege====だったとはねえ………。

アトランタ五輪代表に密着取材したルポが評価され、彼はメジャーにのし上がったとぼくは解釈しているのだが間違いだろうか。当事者に対する密着取材によって表層では見えにくい部分に光を当てるというのは、故・山際淳二が「江夏の21球」で大ブレークさせ、現在でもプロジェクトXとかで継承されている日本人お好みの方法論だと解釈しているのだがこれも間違いだろうか。その後、彼がサッカー評論のシーンをある意味で席巻したのは間違いない。ぼくだって彼の文章を興味深く読んだことがあったのは認める。

しかし、そんな彼の書く文章が「これはなんかヘンだぞ」と思えるようになってきた。その大きなきっかけとなったのが、J1参入決定戦のアビスパ福岡vs川崎フロンターレの試合だ。
この夜、ぼくも萌え萌えゲロ袋もお互いの悪友である運輸役人も定刻ダッシュ====ThisIsTheErrorMessege====で職場を離れて自宅に飛んで帰った。どう視てもフロンターレの方が意図の明確なサッカーをしていた。だから後半ロスタイムになってアビスパがぜえぜえひいひい言いながら反撃しているときは布団と枕を一緒に抱きかかえながら祈るように====ThisIsTheErrorMessege====テレビを視ていた。同点になって延長に入っても、いい攻撃が出来ていたのはフロンターレだった。でも、藤本と西田のワンツーでDFラインがぐぐっと押し込まれてフェルナンドをフリーにさせてしまった時に針は振り切れてしまった。結局、勝ったのはカタチになっていたフロンターレではなく、ドタバタサッカーなアビスパだった。サッカーには芸術点も旗による優勢勝ちもないということだ。

ところが、カネコの印象は違ったらしい。
彼にとって、この試合は後半ロスタイムの山下の同点ゴールで終わってしまったようだった。あのゴールでフロンターレは戦意を喪失し、ずるずるとアビスパに敗れたのだと。ゆえに、浦上と中西の致命的チョンボの際に神を見た。らしい。
彼は延長戦の十数分、何をしていたのだろう。テソ====ThisIsTheErrorMessege====と話し込んでいたのだろうか。そもそも、なぜアビスパとフロンターレがJ1を目指して繰り広げた死闘を語るのにテソが必要なのだ。このあたりから彼のことが信用できなくなってきた。

そして、カネコに対する不信が決定的になったのは、J2最終節の大分トリニータとモンテディオ山形の試合だった。
この試合、ぼくは現地で観ていた。この日のトリニータは緊張のせいでダサダサの極致だった。ガチガチでまったく動けていなかった。梅田====ThisIsTheErrorMessege====がいるのでトリニータの応援に行ったのだが、それでもこんなんでJ1に上がられたら落ちる方はたまらんなと思ってしまう内容だった。それでもなんとか先制はするのだけど、結局は先のアビスパvsフロンターレと同じく、ロスタイムに同点にされてしまう。試合はこのままドローで終わりトリニータは昇格を逃すのだが、実はこの試合はそれだけの試合に過ぎなかった。トリニータがダサダサだったので結果が出なかった。以上終了。後にセレッソ====ThisIsTheErrorMessege====レバークーゼン====ThisIsTheErrorMessege====も経験する、よくある結果。そこには間違いなく、ドラマツルギーなど存在してはいなかった。越山主審と選手との間に信頼関係が出来ていたとはいえないが、カネコが必死になって組み立てようとした、主審が「致命的なミスを犯した」ことにより試合が決定付けられたわけではない。

こいつ、現地で試合を視ているのか?

ひとによって試合の見方が違うのは当然なのだが、それでも自分の印象とあまりに異なる表現の連続に、とてもぼくが観たのと同じ試合について書かれているとは思えなかった。

フランスW杯の時に出版されたNumberPlus。カネコは「'66 Radio Night」という原稿を書いている。北朝鮮がイタリアに勝ってベスト8に進出したときのものだ。「(前略)'66年7月19日、まだ明るさの残るロンドンでの出来事だった」で始まるこの文章は、まだ日本代表がメチャメチャ弱かった頃のことがほんのり伝わってくる、悪くない文章だ。しかし。「大番狂わせの目撃者となったミドルズブラはセルネット・リバーサイド・スタジアムの観客が(後略)」
へえ、Cellnetって通信サービス会社だと思ってたけど、1966年からスタジアムに名前を残すほどの会社だったんだ。それよりぼくは、ある事実を知らなかったことを大いに恥じた。ミドルズブラって、ロンドンだったんだ。====ThisIsTheErrorMessege====
揚げ足取りか?彼はアマチュアじゃない。著名なスポーツライターだ。こんないい加減な仕事をして許されるのか。Number編集部は、こんないい加減な仕事を許していたのか。

そして今回のW杯。Numberの記事で、彼は不安な事象が一つでもあれば「とにかく不安で仕方がない」と書き連ねる。今回のW杯における日本の成績で、何が不安なのだろう。もちろん楽観が出来ないのは承知だ。しかし過剰に不安がる必要だってない。もしかしたら、これも彼の、Number編集部の営業戦略なのではないか?そして、NumberPlusの韓日W杯総括号で、ブラジルとドイツの決勝戦をベースにしながら得意のトゥルシエ批判を通り過ぎた日本悲観論を全面展開している原稿にも、あえてテソを登場させて自分が有名選手から国際電話がかかってくる親密な関係であることを自慢し、さらに彼に語り部をさせることで自らの結婚さえも話題に載せるとは。Numberはカネコの同人誌なのか?!
ここまで来ると怒りよりも哀れみの方が先に立つ。もはやカネコに「書いて読者に伝えたいこと」は存在しない。テレビ局の有名女子アナだったら給料もかなりいいだろうし、もう仕事と称して自分の崩壊ぶりをさらす必要だってない。バルセロナに戻って、時折訪ねてくるであろう馳星周や杉山茂樹といった仲間とすばらしい環境と雰囲気のスペインリーグを愉しみながら余生を過ごしてほしい。

ぼくは金子達仁の功績を全否定したりはしない。スポーツライターというものを職業にしたのは間違いなく彼だし、スポーツライターを目標にする若者を増やしたのも彼の功績だ。たとえそれが、「彼のようになりたい」ではなく「この程度でやっていけるのなら」という動機だったとしても。

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