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【İSTANBUL】15. フットボールの現場(2)
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ぼくは速やかにスタジアムを後にして、バス通りを挟んで向こう側のホテル・ペラ・パレスに向かった。世界中に知られた超高級ホテル====ThisIsTheErrorMessege====だけれど、用事があるのはホテルではなく、タクシー乗り場だ。

  2012年10月のİstanbul
39.タクシー事情
黄色いクルマで屋根に行灯が目印。空車か実車かを見分けるのは簡単ではないらしい。メーターを倒さなかったり、わざと遠回りしたりする悪質なドライバーも少なくないそうで、トラブル防止のためには「扉に会社名の書いてあるところ」を選ぶといいそうだ。

レジェップ・タイイップ・エルドアンからイノニュまで、1時間で動く。試合開始に間に合うだけならメトロとかでも大丈夫かもしれないけど、早く着くに越したことはないので、ペラ・パレスからタクシーを利用することにしたのだ。やはり、ペラ・パレスで客待ちするタクシーの運将はそこらの兄ちゃん運将と違っていた。====ThisIsTheErrorMessege====これならボラれることはなさそうだ。ちょっと安心。
イノニュ・スタデュウムと書いたメモを見せると、運将はすぐに首を横に振った。「No Traffic」と彼は言う。ノー・トラフィックって、まさか道路封鎖?「俺はどう行きゃいいんだ」と英語で言うと、運将はタクシム-Taksim-の方に走り始めた。広場を右に曲がって急な坂を降りていくと、先の方からイノニュ・スタジアムの喧騒が聞こえてきたところで、ビタッと渋滞。運将氏が「No Traffic」と言っていたのはこのことだったのだ。「いいよ、ここからは歩くから」。料金は7【も】弱だったので10【も】札を渡した。坂道を降りると、その先にイノニュ・スタジアム。R.T.エルドアンとは盛り上がりも客の入りも段違いに違う。

  2012年10月のİstanbul
40.イノニュ・スタジアム -İnönü Stadyumu-
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ベジクタシュJKのホームスタジアム。完成当時はドルマバフチェ・スタジアムと呼ばれた。1939年から工事が始まったが第2次大戦で中断。自身がベジクタシュのファンだったトルコ共和国第2代大統領のイスメト・イノニュ====ThisIsTheErrorMessege====によって1947年に完成した。おそらくこれを記念すべく、イスメト・イノニュが没した1973年からこの名前になったのだろう…と推測。ご存知の識者の方はご教示いただけると幸甚です。
ホーム側G裏以外はかなり古く、ガラタサライがアリ・サミ・イエンから2011年に新スタジアムに移り====ThisIsTheErrorMessege====、フェネルバフチェはシュクリュ・サラジオールを3回も改修した(最新の改修は2006年)のに対して老朽化が著しかったが、“歴史的建造物”として改築の許可が何度もストップした。2011年に“歴史的モニュメント”である南側スタンドのみを残しての改築にようやくGoサインが出たそうで、工事中は別のスタジアムを転々とする模様。wikipeによればガラタサライやフェネルバフチェも自身のホームスタの建築・改修期間はこのイノニュを借りてたんだってさ。

西側の入口付近でチケットを見せてゲートを教えてもらう。すぐに見つかった。ターンスタイルを通過して、お定まりのセキュリティチェック。さすがにカスムパシャの10倍のカネを払っただけあって、メインスタンドのホーム寄りのかなりいい席だった。
席はわかったので、売店とかを探してちょっと歩いたのだけど、ここでもグッズコーナーは見つけられず。売店も決して外国人に優しい構造になってないので購入は見送ることに。ちょっとトイレだけ借りるか…と扉を開けたぼくは思いっきりフリーズした。イカつい男どもで大混雑だったとかトイレが汚かったのとかではない。とにかくフリーズするしかなかったのだ。汚物は映っていないので、準備の出来た方は写真をここに載せている====ThisIsTheErrorMessege====のでどうぞ。いやあ、スタジアムでこれをやるかあ(笑)。

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何かの大会で優勝したチームがトロフィーを掲げて場内を一周、ほぼ満員のスタンドから拍手と歓声を受ける。かつてナンバー誌で読んだパナシナイコスの話====ThisIsTheErrorMessege====を思い出した。日本でも、FC東京が同じようなことをやった====ThisIsTheErrorMessege====らしいけど、反応はどうだったのかな。
そんな時、トルコ人の兄ちゃんに肩を叩かれた。シーズンパスのようなものを見せられ「俺の席に座るな」みたいなことを言われた。あ~間違えたか、ごめんごめん。と席を譲るが、座席に書いてある記号番号はボクのチケットと一致している。「そこは俺の席だっ!!」とケンカする根性と語学力はないので、素直に「ぼくの席はどこ?」と件の兄ちゃんにチケットを見せると、兄ちゃんはチケを指差し「サーティフォー」と言う。でも、この席が34番だ。続いて兄ちゃんはチケを指差し「E!」と強く言う。でもこの席がEだ。あれあれあれ。すると、ぼくらのやりとりを視ていた後ろの席の兄ちゃんが、件の兄ちゃんにシーパスを見て「お前がここじゃない、あっちだ」と遠くを指差し言ってくれた。件の兄ちゃんもすぐに自分の間違いを認め「Sorry」と言って離れていった。後ろの兄ちゃん、ありがとう。

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カップルがスタジアムを背景に記念撮影とか、和気あいあいとしてた雰囲気も、試合開始が近づくと潜在的ボルテージが上がっていく。戦闘体制に入りつつあるのだ。選手紹介では1人1人に大きな歓声が沸くが、監督紹介の時だけはホーム観客からもブーイングだった。現在の成績にまったく満足していない====ThisIsTheErrorMessege====ということだろう。選手入場。国歌斉唱。やはりR.T.エルドアンとは迫力が違う。

TürkiyeSüperLig
Beşiktaş 1-1 Trabzonspor

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天皇杯で神戸に勝ったSAGAWAではどちらにも勝てないなという感じはあった。でも、かといって「欧州1部はやっぱすげえ…」と感嘆してしまうような感じでもない。攻めるベジク、カウンターのトラブゾンの図式は鮮明なんだけど、ベジクの詰めが甘くて、相手側で脅威となるプレーが出来ているのはトラブゾンの方。場内に少しずつフラストレーションが積もっていくのがわかる。スタンドに展開されている警備員からも緊張が伝わってくるようだ。「何かトラブルが発生したら動く」のではなく「トラブルは必ず発生するからすぐに動く」という風に、設定モードが違う感じがする。ベジク側G裏に用意された消防車はおそらく防火のためではない。
やがて、前半終了近くに自陣でボールを奪ったトラブゾンはパンパンと縦に素早くパスをつないで右に展開し、低い横クロスを入れると正面から跨ぎヒールで流し込んでトラブゾンが先制。ベジクタシュ・サポで鈴なりのゴール裏前で喜ぶトラブゾンの選手達に浴びせられる、大地を揺るがす壮絶なブーイング。試合はそのまま0-1で前半終了。

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ベジクタシュが先制された瞬間に場内の空気の組成が変わったのは感じたけど、前半終了の笛が鳴ると同時にスタジアム全体を埋め尽くしたモノがある。それは“敵意”でも“殺意”でもなく、“憎悪”だ。どこかに小さな亀裂でも生じれば、そこから一気に噴出していくような高圧力の憎悪。それを強烈に感じたのが、ハーフタイムにベジクのサポに起きたこと。控室に戻っていくベジクタシュの選手達に3階席まで埋まったホーム側G裏の連中がコールした、その内容についてメインの観客から文句がつき、ベジクタシュ・サポ同士で大人数での“罵り合い”が始まったのだ。

試合の後半、ぼくはべったりとベジクタシュの応援をした。後半開始数分でFKが直接決まってベジクタシュが追いついた際は立ち上がって喜んだし、岐阜隊を応援する時のように声援を送った。ぼくはベジクタシュのサポではないけれど、自然にこうなったのは、いま思い返せば間違いなく『自己防衛本能』だろう。もしそのまま負けてたら、行き場を失った高圧力の“憎悪”がFC岐阜の帽子をかぶっている異邦人のぼくに向かってくるかもしれない、その可能性が恐かったのだ。

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ぼくの周囲はかなり高価な席だったのだけど、同点になって以降は、座っておとなしく観ている観客など1人もいなかった。「オーレー!オレベジークタシュ、オーレー!」。おそらく、“地蔵”状態で観戦することはトルコ人のDNAが許さないのだ。
残り20分くらいになるとトラブゾンの選手が明らかに動けなくなってベジクタシュの押せ押せになるが、勝ち越しのゴールは生まれない。アッドタイムに入ってからのセットプレーでのメイン・バック・G裏の満員の観客が揃ってのチャントは超大迫力。最後のプレー、DFラインからどかんと前に蹴りだされたボールをオフサイドぎりぎりで飛び出したFWが見事なトラップで止めてGKと1対1になってのシュートは、トラブゾンGKが必死に右足に当ててシュートが枠のギリギリ外に転がり出た。観客全員が立ち上がり、そして失望でアタマを抱えて蹲った。CKにはならず、試合終了。ピッチでは、ベジクタシュの何人もの選手が最後かつ最大のチャンスを逃して勝てなかったショックで倒れこんでしまった。それでも、メインの観客からは拍手が湧き上がった。全力を尽くして戦った選手を讃えるために。ハーフタイムで感じた高圧力の“憎悪”はスタジアムから消えていたが、若干の欲求不満がそこここで燻ぶっているといった感じだった。後半のトラブゾンの止まり方から考えたら、ベジクタシュは勝っておかないといけない試合だっただろう。

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ぼくはスタンドを後にし、タクシム-Taksim-広場に向かう急な坂道を上って歩き始めた。ずんずんと歩いて坂を上った。もし、途中で日本人観光客に「試合を観ていたんですか?」と訊ねられても振り向かなかったかもしれない。広場までは15~20分で着いた。ホテルに戻ると、ぼくはまずじゃからんに「恐かったぁ……」と言った。部屋にいたじゃからんは試合の間はほとんど寝ていたらしい(笑)。けど、もし試合の中継を視ていても、ぼくが感じた“憎悪”とそれに伴って発生する“恐怖”は伝わらなかっただろう。となると、ぼくが日本から試合の中継を視ていて“恐怖”を感じた、ドイツW杯欧州予選プレーオフのトルコ×スイス@シュクリュ・サラジオール====ThisIsTheErrorMessege====は、現地にいたらいったいどうだったのだろう。

欧州本場のサッカー観戦を経験したひとには「日本のサポは甘い!」と感じる方も少なくないかもしれない。たしかに「甘い」と、ぼくも思う。けれど、「甘い」ことの何がいけないのだろう。ぼくは、そんな「甘い」Jのスタジアムがとても愛おしく思えた。


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夜9時半になるけど、彼女も晩飯がまだだというので、一緒にホテルの1階のオープンテラスのレストランで晩飯を食べた。サラダと、ぼくはアラビアータ・ソースの、彼女はマッシュルーム・ソースのペンネ。メインは茄子のペーストとケバブ。====ThisIsTheErrorMessege====アラビアータ・ソースはとてもとても辛かった。このレストランにも猫がいたのだけど、今回の旅行で目にした数多くの猫の中で一番おしとやかで上品だった。缶ビールを買いに外に出たら雨が強く降ってきた。遠くから雷鳴も聞こえた。

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