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travelnotes : overseas
【SHANGHAI-01】 2001/10/07 南京路の夜のパレード
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広場の方から大歓声が聞こえた。そして爆竹の音。すごい量だ。だいぶ離れているのだが火薬の匂いが伝わってくる。早歩きで進むと、人民広場に集まったサポ達が動き出したところだった。ぼくも彼らと一緒に歩くことにした。しゃべらなければ日本人だとはバレまい。バレたらその時はなんとかするさ。
西蔵中路に2人乗りのバイクが現れた。後ろに乗っているヤツが大きな五星紅旗をなびかせている。まさにラテンのノリだ。大歓声。すれ違うタクシーに乗った若い女性が手を振る。大歓声。交通整理の警官も今日は特別な日だからとなかば諦めた感じで、行進で道路を塞ぐサポに「早く行け」なんてことは言わない。行列の通過を待つクルマからクラクションが鳴らされるが、それは果たして「早く行け」という抗議の意味をもっているのかどうか。もちろん、行進するサポ達は「祝福のメッセージ」としか受け取っていない。とにかく大歓声。もう、すごいものだ。

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そして繰り返し歌われる中国国歌。「起来!起来!起来!」「前進!前進!前進進!」さすがに『義勇軍行進曲』というだけあって、もともとは進軍歌なのだから手拍子が合う。いい悪いじゃないが、「君が代」じゃこうはいかないなあ。彼らはそのままの勢いで南京路歩行街を行進した。デパートやホテルの従業員が手を振る。ここでも大歓声。ホテルの前で、西洋人の初老の夫婦と娘が行進を見ていた。親父が親指を立てて祝福してくれる。大歓声で応える。サポの一人が「来!来!来!」と叫び、身振りで彼らをうながした。顔を見合わせて、その家族もパレードに加わった。歌は止むことがない。

そうだったのだ。4年前の日本も、すごかったのだ。初出場だったのだ。大騒ぎだったのだ。W杯に出るというのはすごいことなのだ。ぼくは嬉しかった。中国が出場を決めたことが嬉しいのではなく、みんなの喜びようが嬉しかった。

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歩行街の中心部で再び爆竹が鳴らされた。そのまま東に進む勝利のパレード。やがて歩行街の東の端にたどり着いた。さあ、ここからどうするのか?しかし「じゃあここでお開きに」なんて雰囲気になるわけがなかった。警察が交通を止め、彼らはそのまま雄たけびを上げながら南京東路2車線の車道を占拠して堂々と行進していった。そのまま行けば外灘そして黄浦江だ。彼らはどこまで歩き続けるのだろうか。前進!前進!前進進!と歌いながら、ひたすら前に進み続けるのか。

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雨にもずいぶん濡れたし、ぼくはここで彼らと別れ、河南中路駅から地下鉄で静安寺まで行き、ローソンで缶ビールを買ってホテルに戻った。TVで有線体育を見ると、好世界杯という特別番組をやっていた。北京をキー局に、上海・広東・大連を結んで、スタジオにサッカー界の著名人と思わしき長老達を招いていた。そして、過去の予選敗退の歴史映像が何度も登場した。そう、4年前の日本でもドーハの映像は幾度となく流されたものだ。

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